七月に零2

 抵抗するナツキの手を捕まえて、レイモンドはもう片方で包帯に触れる。

「落ち着いて下さい。私も随分と回復はしましたがまだ完全ではありません」

 意味がわからないまま、体の中でじわじわ水が流れる音がして、それが加速した。痛む場所が暖かくなり和らいでいく。

「何……これ?」

「私は水の神の使徒です」

「は?」

 ぽかんとするナツキにレイモンドは笑うと、そっと唇を重ねた。触れるだけの口付けから、侵入した舌が絡み合う。唇の細胞がぴりりと反応して、舌先から喉を通り、まるで何か強い波が体中を巡っていく。息が漏れるたびに体内時計の針がゆっくりと逆回転し熱くなっていく。火照る体にナツキの力が抜けるとようやく唇が開放された。

 薄い色の瞳に張りのある肌、目の前のレイモンドは先ほどよりも若返っている。明らかに老人ではない。

「え?」

 訳も分からず声を上げると、レイモンドがナツキの腕から包帯を外した。

「もう良い筈です。動かしてみてください」

 そう言われて痛んでいたはずの腕を上げる。すんなりと何事もなかったように動いた。

「ええ?」

 レイモンドはすっと跪くと、ナツキの足元のシャツをたくし上げる。あわらになった太ももに手を触れさせて膝へ降ろした。

「治っていますね。良かった」

 さっき確認した時、怪我をしていたはずだ。なのに何もなかったように綺麗になっている。

「どういうこと?」

「ご説明します」と彼は立ち上がると少し離れて姿勢を正した。

「もう一度、自己紹介をいたします。私はレイモンド。この度、あなたの中にいるミズナギ様を返して頂たく参りました。」

「はい?私の中?」

「はい」

 ナツキは眉をしかめて苦笑する。

「何、その流行の転生どうのこうのみたいなくだり……」

 確か、少し前に見たアニメはそんな感じだった。

 レイモンドは無表情に頭を振る。

「いいえ、あくまで偶然紛れ込んだだけです。あなたにミズナギ様の素質はございません」

「ああ、そうなんだ」

「ただミズナギ様の力が大変強いので、あなたを助けているのは確かです。それゆえ昨日の執行者にも殺されずに済みました」

「執行者?」

「はい。順を追って説明してもよろしいですか?」

 なにかアニメみたいな話にナツキは鼻で笑いながら、二度頷いた。

「少し前から地上は雨に見舞われています。これは鬼のゲームが始まった証拠です。鬼のゲームは地獄行きとされた者の中から鬼がランダムに執行者しっこうしゃを選び、地上へ放ちます。執行者は三人の者を殺めれば認められ、また地獄へ戻されます。執行者は雨の中のみ活動でき、そして水のある場所であれば存在できます」

 彼は真面目な顔をして続けた。

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