現地調査開始

2025年8月26日

白井誠 現地調査記録――群馬県某所


***


午前11時25分、群馬県某所の最寄りバスターミナル着。

乗客は私ひとり、運転手に軽く会釈されて停留所のベンチに降り立つ。

眼前に広がるのは、老朽化した案内板・錆びついたフェンス・鮮やかさを失った広告の残骸。バスのエンジン音が遠のくと、辺りは一気に静寂に包まれる。


大通りに出る。

かつては賑わいを見せていたであろう道沿いに点在する商店、そのほとんどが薄暗く閉ざされている。唯一営業しているコンビニの自動ドアは頻繁に開閉せず、店員の声も覇気無くぼそぼそと響く。

街灯は昼間でもチカチカと点灯しているものが多い――都市部なら故障扱いのはずだが、この地では日常風景の一部になっているようだった。


川沿いの道を抜け、地図を片手に歩を進める。

舗装されているが、道端には手入れの行き届かぬ雑草が伸び、ゴミの袋も放置されたままだ。強い日差しに土埃が舞う。風はぬるい⋯というよりも熱く、吸い込んだ肺の中に絡みつくようなしつこさを感じる。そんな重苦しさによって、町全体が沈んでいるような空気が漂う。


昼前にもかかわらず、人影は極端に少ない。

遠くの畑で働く老夫婦が黙々と作業。その背後、古びた二階建ての民家群。物干し竿には洗濯物ではなく、色あせた毛布が干されている。

近くの公園には遊具もあるが、ペンキは剥げ、ベンチにはひび割れ。まだ夏休みのはずだが、子どもの姿は見えない。


集落の奥に進むと、小学校が見える。金網のフェンスの一角が大きく裂け、そこから雑木林へと抜け道が続いている。

そちらに向かい、雷電社跡地への道筋を探すが、明確な案内や標識はない。地元住民に声をかけてみても、「社の方には今どき誰も近づきませんので」と、顔をそむける人がほとんどだった。


昼過ぎに、町役場へ立ち寄った。

応対の事務職員は、訪問理由を訊ねると「特に神社のことは資料にも記録にもありません」と無表情に答える。

それでも一枚だけ古い地図をコピーできた。そこには“雷電社”の名と、囲むような細い筋が描かれていたが、今となっては実地の痕跡はほぼ失われているようだ。


町外れの道はさらに荒れる。

舗装は途切れ、雑草に埋もれた土道、時折転がる石と、無造作に捨てられた農具。廃屋らしき建物が点在するが、壁面は崩れ、屋根は骨組みしか残らないものもある。

道端に「立入禁止」の錆びた看板。しかし、誰がいつ立てたのかはわからない。


こうして、私は町の荒廃と沈黙を全身で受け止めながら、必然的に雷電社跡地の方角へと引き寄せられていく。


取材用のレコーダーの音声を確認すると、時折途切れるようなノイズが混入している。スマホの通信状態も不安定で、地図アプリも位置情報を誤表示する場面があった。


以上、現地入り初日の村の記録と印象をここに残す。

今後は社跡を中心に接近調査を予定。

村の“失われた日常”の中に潜む、私の探し求めてきた“何か”の影を浮かび上がらせたい。

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