第10話

犬耳族の村と迷惑な大鳥

ヴェリディアの街まであと半日という道のり。純とリーザを乗せたトラックは、快調に街道を走っていた。その時、街道から少し外れた森の切れ目に、小さな集落が見えた。

「ん?あんな所に村なんてあったかな…」

助手席のリーザが、訝しげに眉をひそめる。元騎士団長として、この辺りの地理は頭に入っているはずだったが、記憶にない。

村は全体的に活気がなく、畑は荒れ、家々の屋根には穴が空いている。どう見ても、寂れた村だ。

「ちょっと寄ってみますか。何か情報が手に入るかもしれないし」

純はトラックを村の入り口に止め、二人は探索を始めた。村人たちは犬の耳と尻尾を持つ獣人族のようだが、家の窓からこちらを窺うだけで、誰も出てこようとはしない。その目には、警戒と疲労の色が浮かんでいた。

すると、一番大きな家から、杖をついた老犬族の男性が一人、おずおずと姿を現した。ピンと立った耳と、白くなった口周りの毛が威厳を感じさせる。

「これはこれは…ダフールの村へようこそ。旅の方ですかな?おや…?」

村長は、純とリーザに近づくと、くんくんと鼻を鳴らした。鋭い嗅覚が、二人の纏う匂いを分析する。

「血の匂い…そして、ゴブリンにオークの匂いまで…なんとも、不思議な方々じゃ」

「ええ、昨日食べたんで。大好物なんすよ、あれ」

純が、夕飯の残り物を語るかのようにあっさりと言うと、村長の尻尾がピタリと動かなくなった。

「な、なんと…魔物が大好物…?そ、その巨大な鉄の乗り物…。も、もしや貴方様は、あの噂の…鋼鉄の獣を操る勇者様では!?」

村長の驚愕の声に、今まで息を潜めていた村人たちが、ざわ…とどよめいた。

その瞬間、純が何か言うより早く、リーザが誇らしげに一歩前に出た。

「ご明答だ、村長殿!この御方こそ、全ての民を苦しみから救う偉大なる勇者、鏡山 純様である!」

ビシッと純を指さし、リーザが高らかに宣言する。

(いや、だから勇者じゃなくて…!)と純がツッコむ暇もなく、ワンダフ村長は杖を取り落とし、その場にひれ伏した。

「おお…!天は我らを見捨ててはおらんかったか!なんという、なんというありがたき幸せ…!」

リーザは、感涙にむせぶ村長の肩を優しく叩いた。その顔は「当然です」と言わんばかりの自信に満ち溢れている。

「困り事があると見た。村長よ、何も心配はいらない!純様の前では、いかなる困難も塵芥(ちりあくた)に同じ!さあ、何でも言うが良い!」

「ちょ、ちょっとリーザさん!?勝手に話を進めないで!」

純の制止の声は、リーザの溢れ出るヒロイズムと、村長の切実な願いの前にかき消された。

「実は…近頃、村の御神木である大樹に、凶暴なグリフィンが巣食ってしまいましてな。奴が空から村を監視しておるせいで、畑仕事もままならず、村は飢える寸前なのですじゃ…」

「グリフィン…!」

空の王者、グリフィン。並の冒険者パーティーでは歯が立たないAランク級の魔物だ。純は(それはヤバい、関わらずに行こう)と判断し、そっとトラックに戻ろうとする。だが、リーザは純の方を振り返り、太陽のような笑顔で言い放った。

「分かりました!そのような大鳥、純様の敵ではありません!ね、純様!」

「えええええぇぇぇぇ!?」

リーザの完璧な無茶振りに、純の悲鳴が寂れた村に響き渡った。

村人たちの「おおーっ!」という期待に満ちた歓声が、彼の退路を完全に断ってしまったことを、純は絶望と共に悟るのであった。

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