第9話
爆殺オークと至福のひととき
凄まじい爆風が湖面を揺らし、鳥たちが一斉に森から飛び立つ。リーザが呆然と立ち尽くす中、爆心地からもうもうと立ち上っていた土煙が晴れていく。そこに広がっていたのは、えぐり取られた大地と、黒焦げになった巨大な肉塊がいくつも転がる、地獄のような光景だった。
その惨状を前に、元凶である純は「やれやれ」とトラックから降りてくると、鼻をひくひくと動かした。
「お、香ばしい匂い。丁度良く、オークが丸焼きになったな」
純はそう言うと、何の躊躇もなく一番焼き加減の良さそうなオークに近づき、ナイフで肉を切り分け始めた。そして、ハフハフと息を吹きかけながら、その一切れを口に放り込む。
「うん、うまい!ゴブリンより脂が乗っててジューシーだ。豚肉に近いな、これ」
リーザは、目の前で起こっていることをすぐには理解できなかった。
さっきまで自分を殺そうとしていた魔物を。
得体の知れない火炎魔法(?)で木っ端微塵にした張本人が。
その亡骸を、実に美味そうに食べている。
「……お、オークを…食べている…」
絞り出した声は、自分でも驚くほどか細かった。常識が、音を立てて崩れていく。
純は、そんなリーザの様子に気づくと、肉を片手にひょいと顔を向けた。
「どうしたんすか、リーザさん。突っ立ってると、ハエがたかりますよ。早くシャワー浴びてこないと、この肉、全部食べちゃいますよ?」
その言葉が、リーザの思考を再起動させた。
肉。シャワー。空腹。
目の前の男の行動は理解不能。だが、彼の言うことには妙な説得力があった。それに、爆発で飛び散った土埃と、冷や汗で体はもうベトベトだ。
「は、はい!ただいま!」
リーザは何か吹っ切れたように叫ぶと、脱ぎかけていた服を急いで脱ぎ捨て、シャワーヘッドの下に駆け込んだ。
ツマミをひねると、柔らかな温かいお湯が、滝のようにその白い肌へと降り注ぐ。
「―――っ!」
生まれて初めて体験する、無限に湧き出るお湯の奔流。それは、侍女が何杯もかけて運んでくるぬるま湯の沐浴とは、全く次元の違う心地よさだった。リーザは夢中で体を洗い清めると、急いで服を着て、焚き火のそばに座る純の元へと駆け寄った。
「お待たせしました、純様!」
「お、どうぞ。一番良いロースの部分、取っときましたから」
純が差し出したのは、こんがりと焼き目のついた分厚いオーク肉。リーザはゴクリと喉を鳴らし、おそるおそるその肉にかぶりついた。
そして、その青い瞳が、驚きに見開かれる。
「――美味しいいいいぃぃっ!」
硬そうだと思っていた肉は驚くほど柔らかく、噛むほどに濃厚な肉汁が口の中に溢れ出す。臭みは全くなく、むしろ食欲をそそる野生的な香りが鼻に抜ける。塩も胡椒もない、ただ焼いただけのはずなのに、今まで食べたどんな宮廷料理よりも美味しかった。
「でしょ~?やっぱり獲れたては違いますよ」
純は満足げに笑う。
リーザは、もはや言葉も忘れ、夢中で肉を頬張った。
鋼鉄の獣。謎の爆裂魔法。魔物を食すという奇行。
この男の周りでは、自分の常識など何の意味もなさないのだと、リーザは悟った。そして、それも悪くないかもしれない、と心のどこかで思い始めていた。
美しい湖畔でオークの丸焼きに舌鼓を打つ元騎士団長とトラック野郎。
その奇妙な光景は、誰に知られることもなく、静かな異世界の夜に溶け込んでいくのだった。
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