第7話
ゴールドカードと初仕事
鏡山 純とリーザ・シフォンヌの奇妙な雇用契約が成立した翌日。二人の記念すべき初仕事の日がやってきた。コルド商会の広大な中庭には、朝から多くの従業員たちが集まり、巨大なトラックに荷物を積み込んでいる。
「では純様、リーザ殿。最初の仕事は、隣街ヴェリディアの冒険者ギルドへの輸送依頼です。中身は高級薬草と、武具の強化に使う魔晶石ですな」
「はい、お任せ下さい」
会長であるゴルスの説明に、純はプロの顔で頷く。リーザもその隣で、緊張した面持ちで佇んでいた。
純とリーザは、商会の従業員たちと協力し、次々と木箱をトラックの荷台へと運んでいく。リーザは元騎士団長らしく、重い木箱を軽々と持ち上げては、寸分の狂いもなく積み上げていく。一方、純は荷物の重量バランスを計算し、走行中に荷崩れが起きないよう、ロープや固定具で完璧に貨物を固定していく。その手際の良さは、まさに熟練の職人技だった。
すべての準備が整い、純が運転席に乗り込もうとした時だった。
「おお、純様、これをお忘れなく」
ゴルスが慌てて駆け寄り、一枚のカードを純に手渡した。それは手のひらサイズの板で、磨き上げられた純金で作られており、表面にはコルド商会の紋章と、偽造防止のためであろう複雑な魔法陣が刻まれている。
「これは?」
「ふふ、まあ身分証のようなものです。道中の関所などで役人にうるさく言われたら、これを見せてください。彼らはすぐに黙りますから」
「? 良く分かんないけど、ありがとう様っす」
純は、高速道路のETCカードか何かのように、それを気軽受け取ると、作業着の胸ポケットに無造作に突っ込んだ。
その瞬間、純の隣に立っていたリーザの体が、わなわなと震えだした。
「ら、会長!こ、こ、これって、まさか…ゴールドカードではございませんか!?」
リーザは、純の胸ポケットを指さし、信じられないという表情で叫んだ。その声は裏返っている。
「おお、リーザ殿はご存知でしたか。いかにも」
「なっ…!王族や帝国の大臣、そして大陸に数えるほどしかいない大商人の長のみが持つことを許されるという、最高の身分証です!これ一枚あれば、帝国の城門すら顔パスで通れると…!」
リーザは、あまりの衝撃に眩暈がするようだった。自分が命を懸けて仕えた帝国ですら、ほんの一握りの人間しか持てない至宝。それを、この目の前の男は、まるでポイントカードのように雑に扱っている。
純は、そんなリーザの驚愕ぶりを不思議そうに眺めながら、ぽつりと呟いた。
「へぇ、そうなんだ」
その反応は、道端の石ころについて感想を述べるかのように、あまりにも平坦だった。
リーザは、あまりの価値観の違いに言葉を失う。ゴルスは、そんな二人のやり取りを満足げに眺め、呵呵と笑った。
純はリーザを助手席に乗せ、慣れた手つきでエンジンを始動させる。
「それじゃあ、行ってきます」
「うむ!頼みましたぞ、勇者様!」
伝説の運び屋とその忠実なる騎士(従業員)の初仕事は、大陸最強の身分証を胸ポケットにしまい込んだまま、かくして始まった。リーザは助手席で、まだゴクリと喉を鳴らし続けている。この男の常識は、一体どうなっているのか。彼女の疑問は、これから始まる旅で、さらに深まっていくことになるのだった。
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