第6話

勇者と従業員

執務室に響き渡る、凛とした女性の声。

リーザ・シフォンヌは、その青い瞳でまっすぐに純を見つめると、胸に手を当て、騎士の礼を取った。

「私はリーザ・シフォンヌと申します!噂に名高い勇者様にお目にかかれて光栄です!」

「いや、俺は勇者じゃない。ただのトラックドライバーだ。鏡山 純」

純の素っ気ない自己紹介に、リーザは(なんと謙虚な御方なのだ…!)と、ますます感銘を深くする。彼女は一歩前に進み出た。

「では、純様!私はかつて騎士として研鑽を積みましたが、今は世のため人の為に力を尽くさんと、魔物討伐や護衛任務をしている流浪の騎士でございます」

「へぇ、それは凄い事だな。尊敬するよ」

純の気負いのない賞賛に、リーザはわずかに頬を染め、さらに言葉を続ける。その声は、憧れの英雄を前にした熱情に満ちていた。

「純様!貴方様が颯爽と現れては魔物たちを成敗し、金銭も受け取らずに去っていくという、その高潔な志に、このリーザ、深く感銘を受けました!それこそが真の騎士道、真の正義の姿であると!」

純は、熱っぽく語るリーザを前に、どうにも居心地が悪そうに頭を掻いた。隣では、商会長のゴルスが「うんうん」と深く頷いている。

「え?……ああ、うん。でも、今から報酬を受け取るようになったんすけど」

「……!?」

純のあまりにも率直な言葉に、リーザの完璧な笑顔がピシリと固まった。一瞬の沈黙が、重厚な執務室を支配する。ゴルスの額から、だらりと冷や汗が流れた。

「と、当然です!」

我に返ったリーザは、慌てて声を張り上げた。

「純様の偉大な行いに、正当な報酬が発生するのは至極真っ当なこと!むしろ、報酬を支払わぬ方がおかしいのです!ええ、そうですとも!」

「は、はぁ…」

必死に自分を納得させるように早口でまくし立てるリーザに、純は若干引き気味に相槌を打つ。リーザはコホンと一つ咳払いをして気を取り直すと、純の前に進み出て、片膝をついてみせた。

「このリーザ・シフォンヌ!微力ではありますが、どうか純様の側で、貴方様の剣となり、盾となることをお許し願えないでしょうか!」

その姿は、まさしく主に忠誠を誓う騎士そのもの。ゴルスは「おお…」と息をのむ。

しかし、誓いを受けた純の反応は、彼らの想像の斜め上を行くものだった。

「えっと……それって、従業員になりたいって事かな?」

「じゅ? じゅ、じゅうぎょういん…?」

聞き慣れない言葉に、リーザは美しい眉をひそめる。純は、ああ、言葉が違ったか、という顔で続けた。

「うん。ちょうど今、コルド商会さんと契約して、運送屋を始めることになったんだ。トラックの運転は俺がやるけど、荷物の積み下ろしとか、護衛とか、人手はいるし。どうかな?雇いますよ?」

運送屋。人手。雇う。

リーザの頭の中で、神聖な誓いの言葉が、どんどん世俗的な単語に変換されていく。しかし、彼女の忠誠心は揺るがない。これはきっと、純様なりの言い回しなのだ。

(じゅうぎょういん…!なんと新鮮な響きだ!これが純様の騎士団の呼び名なのかもしれない!)

リーザは、己の中で全てをポジティブに完結させると、顔を上げて満面の笑みを浮かべた。

「おぉ…!ありがとうございます、純様!このリーザ、本日より純様の最初の『じゅうぎょういん』として、この身命を賭して働かせていただきます!」

「あ、うん。よろしく。とりあえず時給は…銀貨2枚からでいいかな?」

こうして、伝説の勇者に忠誠を誓う美人騎士と、時給で働くことになった新人アルバイトが、同時に誕生した。

この奇妙な主従(?)契約を目の当たりにしたゴルスは、これから始まるであろうコルド商会の未来が、もはや自分の予想の範疇を完全に超えてしまったことを悟るのであった。

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