第5話
運び屋稼業と騎士の来訪
ゴルスは、純が手際よくゴブリンを解体し、実に美味そうに平らげる姿を、畏怖と驚愕が入り混じった表情で見守っていた。部下の一人が差し出した干し肉を丁重に断り、「いや、俺はこっちでいいんで」と返した純の姿は、ゴルスの目にはもはや理解の範疇を超えた存在として映っていた。
食事が終わり、ゴブリンの骨すら綺麗に片付けた純に、ゴルスは改めて深々と頭を下げた。
「勇者様、ぜひ我が商会のある街までお越しいただきたい!道中の護衛も兼ねて、最高の宿と食事をご用意いたします!」
「あ、どうも。じゃあ、お言葉に甘えて」
こうして、奇妙な一行が生まれた。先頭を走るのは純の10tトラック。その後ろを、コルド商会の荷馬車隊が、まるで雛鳥が親鳥についていくように必死に追従する。街道沿いの街「アリーダ」に到着した時、その光景は街中の人々の度肝を抜いた。
「な、なんだあの鉄の塊は!?」
「ゴーレムか!?いや、魔物か!?」
「コルド商会が、あんなものを連れてきたぞ!」
門番の兵士たちすら遠巻きにする中、純はゴルスに案内されるがまま、コルド商会の広大な拠点へとトラックを乗り入れた。
案内されたのは、重厚な調度品が並ぶ商会長の執務室だった。
「改めまして、勇者様。この度は我々の命を救っていただき、誠にありがとうございました」
ゴルスは最高級のお茶を差し出しながら、本題を切り出した。
「単刀直入に申し上げます。勇者様、その『鋼鉄の獣』…トラックとおっしゃいましたかな?その力、我がコルド商会のために使っていただけないでしょうか?」
ゴルスは、最近の輸送業がいかに危険で困難かを語った。盗賊やモンスターの被害で、高価な品や緊急の品を運ぶことができない。護衛を増やせばコストがかさみ、利益を圧迫する。
「ですが、貴方様のトラックならば!どんな盗賊も、どんな魔物も寄せ付けない!そして、馬車の何倍もの速さで荷を届けることができる!これは、我が商会…いや、この国全体の物流に革命を起こせます!」
ゴルスは興奮した様子で、純に破格の条件を提示した。成功報酬制の専属輸送契約。報酬は金貨で支払われ、街での滞在場所や食料も全て商会が保証するという。
純は腕を組み、静かに話を聞いていた。
(運び屋か…)
異世界に来て、何をすべきか見えていなかった。だが、輸送業なら話は別だ。それは、彼が元の世界で誇りを持ってやっていた仕事そのもの。金も、情報も、拠点も必要だ。これほど良い話はない。
「いいですよ」
純はあっさりと答えた。
「えっ」
あまりに軽い返答に、ゴルスは目を瞬かせる。
「その仕事、引き受けます。トラックドライバーですから、俺。運ぶのは得意なんで」
「お、おお…!ありがとうございます!勇者様!」
ゴルスが感激のあまり立ち上がって握手を求めた、まさにその時だった。
バンッ!!
執務室の扉が、荒々しく開け放たれた。
そこに立っていたのは、息を切らした一人の美しい女性騎士。フードは脱ぎ捨てられ、白銀の髪が月光のように輝いている。彼女の鋭い青い瞳は、室内にいる二人を射抜いていた。
「失礼!ここに、『鋼鉄の獣を操る勇者様』がいらっしゃると聞き、参上しました!」
凛とした声が、室内に響き渡る。
元サンバル帝国騎士団長、リーザ・シフォンヌ。彼女は酒場で聞いた噂を追い、この場所に辿り着いたのだ。
ゴルスは突然の乱入者に度肝を抜かれ、言葉を失う。
リーザの真剣な眼差しは、部屋の中でただ一人、お茶をすすりながら「へぇ、美人だな」と呑気に考えている作業着姿の男――鏡山純に、まっすぐに注がれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます