第4話 屈辱の挑戦状と、師匠の秘策と
合同訓練での一件は騎士団内に小さな、しかし確かな波紋を呼んでいた。
「おい、カイエンのところの新人って何かおかしくないか?」
「まぐれだろう。あんな落ちこぼれが急に強くなるわけがない」
「あの新人潰しのカイエンだぞ。何かペテンをしてやがるに決まってる」
教官たちの間でもリナと俺の評価は依然として低いままだった。
だが、以前のような完全に見下したようなものではなく、そこには微かな疑念が混じり始めていた。
そしてその疑念を最も不快に感じている男がいた。
クラウスだ。
彼は自分が注目されるべきエリートであるという自負を、リナという存在に汚された気がしてならなかったのだろう。
クラウスのプライドは、あの合同訓練の日以来ひどく傷つけられていた。
自分でさえ完璧に剣を揺らすことなく維持することが出来なかったというのに、散々見下していた田舎娘には出来た。
その事実を彼は未だに受け入れられずにいるのだろう。
リナを見る彼の視線には、以前にも増して粘着質な敵意が宿っているように見えた。
そんな中、騎士団の掲示板に一枚の羊皮紙が張り出された。
『月例模擬戦 開催』
新人たちの実力を測るために行われる月に一度の対人戦。
訓練とは違い、ここでは一対一の実力が問われる。
これだ。
俺がそう思ったのとクラウスが行動を起こしたのは、ほぼ同時だった。
彼は訓練場にいた生徒たちの注目を集めるように、わざと大きな声で言い放った。
「皆、聞いてくれ。俺は月例模擬戦の最初の相手にリナ・アシュフィールドを指名する」
その場にいた全員の視線がリナに突き刺さる。
突然のことにリナは顔面蒼白になり、後ずさった。
課題はクリアしたが、未だに彼女は自分自身の力に自信が持てずにいる。
騎士団の若手でナンバーワンの実力者と言われているクラウスから、まさか自分が対戦相手として指名されるとは思ってもいなかったのだろう。
クラウスは、そんな彼女の様子を見て満足げに笑みを深める。
「おい、そこの落ちこぼれ。鬼教官様のあのおかしな訓練の成果とやらを皆の前で見せてみろよ」
明らかに、公開処刑が目的だった。
周囲の生徒たちも面白半分に囃し立てる。
「やめておけクラウス。そんな小娘じゃあお前の相手にならないだろう」
「そうだそうだ。いじめはよくないぜ」
同情的な言葉をかける者もいるが、その声色にはリナが負けることを前提とした侮蔑が滲んでいた。
リナは唇を噛みしめ、泣き出す寸前だった。
俺はそんな彼女の前にゆっくりと進み出る。そしてクラウスの挑戦に対して傲然と告げる。
「いいだろう。その挑戦、受けてやる」
俺の言葉に訓練場がしんと静まり返る。
「だがクラウス。お前に一つ言っておく。俺の弟子が貴様ごときに負けるはずもない」
「な……」
クラウスの顔が怒りで赤く染まった。
「言ったな、カイエン教官。その言葉、後悔させてやる!」
それには応えず、俺はクラウスに背を向けて恐怖に震えるリナに振り返る。
そして彼女の両肩に手を置いて静かに告げた。
「安心しろ。貴様は――勝つ」
相手に不足はない。
誰もが認める実力者を、俺が育て上げた弟子が打ち負かす。
「信じろ。俺が勝たせてやる!」
俺は未だに自信なさげに瞳を揺らすリナに向かってそう約束したのだった。
◇ ◇ ◇
模擬戦の直前。
俺はリナを人のいない訓練場の隅に呼び出した。
既に俺たち以外は、模擬戦が行われる闘技場へ向かったため、貸し切り状態だ。
「マスター……私、自信がありません……」
瞳を泳がせてオドオドした姿は、初めて出会った頃を思い出させる。
きっと自分より身分も才能も遙かに上のエリートであるクラウス相手に自分が勝てるわけがないと思い込んでいるのだろう。
たしかにクラウスはそれなりの実力者だ。
ゲームでは最終的に主人公によって完膚なきまでにプライドをへし折られ、その後は登場することもなかったようなキャラだ。
それでも攻撃力、防御力、素早さは他の新人を上回り、さらには若くしていくつかのスキルまで使えるだけでもさすがエリートといった能力値で、初見のプレイヤーにとってはかなりの強敵ではあった。
そう……初見にとってはだ。
「俺は勝てると言ったはずだ」
俺は彼女の弱音をぴしゃりと遮る。
「これから貴様にあのクソガキに勝つための必勝法を教える。絶対に俺がこれから言うことを守れ。そうすればお前は間違いなく奴に勝つ」
俺はリナの目を真っ直ぐ見つめながらそう告げる。
「はい。必ずマスターの指示に従います」
彼女の顔から怯えの色が少し薄れ、強く頷く。
先日の合同訓練を経て、俺に従えば本当に強くなれることを知ったからだろう。
俺が必勝法だと言えば、それは本当に必勝法なのだと、彼女は信じてくれたに違いない。
「いいか、リナ。試合が始まったら、貴様からは絶対に攻撃するな」
「え……?」
「ひたすら【アイアンスタンス】で防御に徹しろ。どんな攻撃を受けても、絶対に構えを解くな。いいな?」
合同訓練の後、俺はリナの【アイアンスタンス】を磨き上げることだけに集中した。
【アイアンスタンス】は相手の攻撃を捌き受け流すスキルである。
発動中は様々な攻撃を無効化出来ると聞けばかなり強力に思うだろうが、実はそうでもない。
なぜなら防げる攻撃には限度があるからだ。
その限度とは、自分のステータスと比べて同格かそれ以下の相手からの攻撃しか防げないというものである。
さらに使い勝手が悪いと言われた理由がもう一つ。
それはスキル発動中は移動がかなり制限されるというものだ。
相手の攻撃を捌こうと【アイアンスタンス】を発動させると、その場から殆ど動けなくなってしまう。
そのために使う場面がかなり限定されてしまい、ゴミスキルと揶揄された時期もあった。
だが、ものは使いよう。今回の戦いではその弱点よりも利点こそが大事なのだ。
「攻撃禁止……ですか。で、でもそれじゃあ……」
攻撃をするなと言った俺の言葉にリナが戸惑いの声を上げる。
俺はそれには応えず言葉を続ける。
「そしてもう一つ。相手の目を見るな」
「えっ」
「見るのは相手の左足の踏み込みだけだ。それ以外は視界に入れるな」
リナは、俺の奇妙な指示にますます混乱した表情を見せる。
無理もない。
攻撃するな、足だけを見ろ、そんな必勝法があるものかと思ってしまうのは仕方がないことだろう。
だがゲームの周回プレイで奴と何度も剣を交えた俺は知っている。
(クラウスのステータスは新人の中ではトップクラスだ。だがあいつの習得しているスキル【
それは原作ゲームのプレイヤーの間では有名な仕様だった。
【
そしてそのモーションには、必ず左足から大きく踏み込むという『癖』があるのだ。
その踏み込みの瞬間、ほんの一瞬だけ身体の軸がぶれ、そこに致命的な隙が出来てしまうのである。
俺の狙いはそこだ。
リナの今の攻撃力では、まともに打ち合っても勝ち目はない。
だが相手の必殺技を誘い、その一瞬の隙を突くことさえできれば……。
「……わかりました。マスターの言う通りにします」
リナは迷いを振り払うように、強く頷いた。
彼女の瞳には俺への完全な信頼が宿っていた。
よし。
これで舞台は整った。
あとは主役が最高の演技を見せるだけだ。
俺は、模擬戦が行われる闘技場へと、リナを伴って歩き出した。
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