第12話 不意の遭遇

 翌日、日課の朝探索5回セットを終えた俺は、神戸空港から高速船に乗って関西空港を訪れていた。


「尾路、入りまっす」


 守衛に挨拶をし、巨大なターミナルの通用口のカードリーダーにカードをかざす。

 何をしているかというと……バイトである。


 ダンジョン探索で稼いだ収入は、ほとんどが借金返済と学園の維持費に消える。

 自分の小遣いは自分で稼ぐのが俺のモットーだ。


 ……学園のダンジョンフィールドで得た収入を非課税扱いにする為、使い道が限られるという事情もあるけどな。


「尾路君、おつかれさま」

「おつかれさまです!」


 スタッフの皆さんとあいさつを交わしていく。俺のバイト先は制限エリア内のVIP向けレストラン。こう見えて、オフクロが忙しい時は料理をしている俺である。2年近いバイト歴で、ホールだけではなく一部の調理も任されるようになっていた。


「さぁて、今日も頑張りますか!」


 今日のシフトは15時まで。俺は腕まくりすると野菜の下ごしらえに没頭するのだった。


「尾路君! ちょっといいかい?」


 ジャガイモと人参の皮むきを始めて1時間ほど。

 ふいに背後から声を掛けられた。


「あれ、どうしたんすか料理長?」


 そこに建っていたのはコック帽をかぶった壮年の男性。このレストランの責任者でもある。


「急に個室の予約が入ってね。配膳係が全員出払っているんだ。急いで雲雀の間の給仕を頼む!」

「は、はい」


 雲雀の間とは、俺がバイトするレストランの中でも最も高級な一室だ。

 たかがバイトが担当していいものなのだろうか。


「尾路君は、見た目がいいからね」


 ぽん、と俺の背を叩くと料理長は忙しそうにどこかに行ってしまった。


「……さすがに染めた方がいいよな」


 俺は急ぎトイレに行き、ヘアスプレーで髪を黒に染めるのだった。


 ◇ ◇ ◇


「ふん、外遊前に何ごとかと思ったら……あの不出来な娘の事か」

「そうは仰いますが、あの子が送って来た素材は相当なレベルです。最初でこれなら、Sランクも夢ではないのでは?」

「プライマリーブロックだけが優れていて、その後伸びない個体はいくらでもいる。お前は調子に乗りすぎだ」


「…………」


 雲雀の間には、夫婦とおぼしき男女がいた。

 男の方は白髪交じりの大男で、超高そうなスーツを着て頭髪をオールバックにしている。視線はからは圧しか感じず、どう見てもヤカラ……もとい上級国民だ、


 なんだこのクソガキは、とでも言いたげな視線で見られたが、ひとまず出て行けとは言われていない。俺は心を無にして給仕を続ける。


「16歳8カ月での能力発現は、なかなかの物でしょう? 充分に鍛える余地があると考えておりますが」

「ふん」


 男の対面に座るのは、赤毛の神経質そうな女性。

 青い瞳であることから、外国生まれと思われる。


「大体、我は男児を望んでいたのだぞ? 正妻の癖に女一人とは何事だ」

「も、申し訳ございません」


(ま、マジかよ)


 現代の基準では大炎上間違いなしの問題発言。

 こちらはただの配膳係、路傍の石みたいな存在だがどうしても気になってしまう。


 じろり


 なんか物凄く睨まれた気がしたので、俺は男のグラスにワインを注ぐと控室に引っ込む。


「このレストランも落ちぶれたものだな。この我にガタイだけはいい庶民のドブネズミをよこすとは」

「本当ですわね。所作の端々から感じる庶民臭……貧民菌が移りそうで嫌ですわ」


 うおい、とてつもない罵声を飛ばされたぞ。全部聞こえているんですが。

 この人たちに比べれば、加恋の畜生発言なんて可愛いものである。あまりの内容に、怒りもわいてこない。


 とはいえ、刺身盛に付けるわさびを大盛りにしておこうか……悲しいほどささやかな反抗を企てていた俺は、次の言葉に愕然とする。


「で、お前の望みは我の外遊帰りに娘である加恋の視察に行って欲しいという事だな」


(……えっ!?)


 思わず、お盆を取り落とす所だった。

 カレンって……まさかあの加恋の事か?

 良くないとはわかっていても、思わず聞き耳を立てる俺。


「は、はい。娘の励みにもなりましょうし、最近業績を伸ばしている学園にも……」

「不要だ!」


 野太い男の大声が、俺の耳を打つ。


 がちゃん


 皿とフォークがぶつかる耳障りな音が響いた。


「お前はこの綾瀬川驕司(あやせがわ きょうじ)の時間を、不出来な娘とお前の道楽である綾瀬川ダンジョン学園の為に使えと言うのか? 調子に乗るのもいい加減にしろ!」

「も、もっ、申し訳ございません!」


 狼狽した女性の声が聞こえてくる。


「大体、アイツをグループの広告塔に使い、対外的な後継ぎ候補にしているのはただ見た目がいいからだけに過ぎん。若いうちは使ってやるが、適当な養子候補が見つかり次第その座を交代させる!!」


 がたん!


「お、お待ちください旦那様!」


 ばたんっ

 椅子を蹴立てる音が響き、足音が遠くなっていく。


「……ふぅ」


 どうやら客は加恋の両親(?)だったようだ。

 聞いてはいけない事を聞いただろうか?

 加恋はこの事を知っているのだろうか?

 様々な疑念が脳内を渦巻く。


(色々思う所はあるが)


 クールなS級お嬢様としての仮面をかぶる加恋と、ダンジョンに潜っている時の素の加恋。その背後には、こんなに難しい事情があったのか。


(……助けて、やりたいな)


 自然に、そう思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る