第六話「家族というパズル」
私が双子の弟である愛都と引き離されたのは、中学一年生の夏のことだった。
それは嵐のような喧嘩の末、というわけではなかった。ただ静かに、ゆっくりと、冷え切った空気がリビングのテーブルの上で一枚の紙に変わっただけ。母は愛都を引き取る、とだけ言った。父はそれに何も答えなかった。
私はお父さんとこの家に残る。
それが大人たちの間で、いつの間にか決められていたことだった。
玄関で、私は最後に出て行く弟の背中を見た。俯いたまま一度もこちらを振り返らない、小さな背中。ごめんね、とも、元気でね、とも言えなかった。言えるはずもなかった。私はただお父さんの隣で、人形のように固まっていることしかできなかったから。
お母さんと愛都が出て行った後、この家は私にとってより一層、息苦しい檻へと姿を変えた。
お父さんは愛都という「怒り」の捌け口を失い、その歪んだ愛情の全てを私一人に注ぐようになった。
友達と遊ぶこと。修学旅行へ行くこと。部活動に打ち込むこと。
お父さんはその全てを禁じた。
「お前は俺の目の届くところにさえいれば安全なんだ」
それは父親の愛情の言葉を借りた、呪いの言葉だった。
私はお父さんの機嫌を損ねないように必死に生きた。掃除、洗濯、料理。死んだように静まり返った家で、私は母親の役割を健気に演じ続けた。お父さんの言うことを聞いてさえいれば、彼は優しかったから。
けれど、それだけでは足りなかった。
高校生になったある夜のこと。寝室で一人ベッドにいた私は、廊下を歩いてくるお父さんの足音を聞いた。
ギ、と、私の部屋のドアが軋みを立てて開く。
そしてお父さんは私のベッドの中へと、静かにその身を滑り込ませた。
その日から、家は地獄になった。
夜が来るのが怖かった。自分の部屋があの納戸と同じ、光の届かない密室になった。私はただ心を殺した。目を閉じ、意識を遠い遠い場所へと飛ばす。そうでもしないと正気でいられなかったから。
そんな日々の中で、私は愛都のことを思った。
納戸の中で一人、闇と対話していた双子の弟のことを。あの時、扉の向こう側で孤独に震えていた弟の気持ちを、私は今になって痛いほど理解していた。
そして同時に思うのだ。愛都がお母さんと共にこの家から「解放」されたことで、私だけがこの地獄に取り残されたのだ、と。
私は毎晩、星も見えない窓の外へ祈った。
神様なんて信じていなかったけれど、もう何かに祈らずにはいられなかった。
『いつか、弟に会えますように』
そしてその祈りに贖うように、こう付け加えるのだ。
『あの時、助けてあげられなくて、本当にごめんね』と。
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