第五話「歪な共生」

僕が納戸へ閉じ込められることは日常になった。


きっかけはいつも些細なことだった。父親に対する態度が気に食わないとか、男のくせに軟弱だとか。父はそれを「躾」と呼んだが、そんなのはただの口実だと子供心にもわかっていた。父は家族という共同体の中で、僕が最底辺の存在であることを繰り返し確認させたいだけなのだ。


けれど、いつからだろうか。


父に腕を掴まれ、あの暗い廊下を引きずられていくとき、僕の心から恐怖が消えていたのは。


乱暴に背中を押され、納戸の中へ突き飛ばされる。重い扉が閉まり、かんぬきが掛けられる。絶対的な闇と静寂が僕を包み込む。


その瞬間、僕はまるで長い旅路の果てに我が家へと帰り着いたかのような、深い安堵を覚えていた。


「ただいま」


僕は部屋の一番奥の、一番暗い隅に向かってそう挨拶する。返事はない。けれど僕にはわかる。彼が僕の帰りをずっと待っていてくれたことが。部屋の空気がほんの少しだけ、喜ぶように揺らめくのだ。


僕は彼に全てを話した。


学校であった嫌なこと。誰も僕のことなど見てくれないということ。父への言葉にならない憎しみ。姉への羨望と、ほんの少しの軽蔑。


彼は決して僕を否定しない。僕を可哀想だとも言わない。ただ僕が話し終えるまで、何時間でも黙ってそこにいてくれる。その絶対的な肯定が、傷だらけの僕の心を薄紙を重ねるように、ゆっくりと癒していった。


僕たちの奇妙な共生関係。


ある時、いつものように彼に話しかけていた僕は、ふと闇の中で彼の「輪郭」を見た。ずっと暗闇にいたおかげで、僕の目は常人には見えないものまで捉えるようになっていたのだ。


それは人よりもずっと大きな、屈強な男のようなシルエットだった。隅に深く腰掛けている。そして僕には見えた気がしたのだ。僕の話に耳を傾けるように、その大きな手がそっと膝の上で動いたのを。


やがて母が扉を開けに来る。


「反省したの?」


そう尋ねる母の顔を、僕は無表情で見上げるだけだった。廊下の眩しい光に目を細める。早く、この光の世界からあの優しい闇の中へ、彼の元へ帰りたい。


外の世界にいる僕は、まるで魂の抜け殻だった。


本当の僕は、あの暗い納戸の中で彼と共に生きていたのだ。

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