再会と空白の証明
交錯する時間
大学進学を機に、僕は再び岐路に立たされた。大阪の大学か、それとも東京の大学か。東京に戻りたい気持ちは、確かにあった。懐かしい街並み、気心の知れた友人たち。そして、心のどこかでは、琴葉にもう一度会えるかもしれないという淡い期待を抱いていた。しかし、五年間を過ごした大阪にも愛着が湧いていた。新しい友人もでき、この街の空気は僕に馴染んでいた。迷いに迷った結果、僕は大阪の大学に進学することを選んだ。東京に戻ることは、過去から逃げられないような気がしたのだ。
大学生活にも慣れてきた頃。僕はアルバイトで貯めたお金で、少し良いミラーレスカメラを買った。高校時代に何となく始めた写真は、いつしか僕の人生に欠かせない趣味になっていた。ファインダー越しに見る大阪の街は、いつしか僕にとっての「故郷」のような安心感を与えてくれる場所に変わっていた。
そんな日々が二年ほど過ぎた、大学三年の夏。
高校時代の友人、田中から久しぶりに連絡があった。中学の同窓会を企画しているという。
『聡太も夏休みで東京に帰ってきてるんだろ?絶対来いよ!みんな会いたがってるぞ!』
もちろん、断る理由はなかった。心のどこかで、もしかしたら琴葉に会えるかもしれない、という淡い期待があったのは否定できない。でも、同時に怖くもあった。彼女は、今もあの彼氏と幸せにしているのだろうか。もし再会してしまったら、僕は平静を保てるだろうか。期待と不安が、胸の中で渦巻いていた。
同窓会の会場は、駅前の少しお洒落な居酒屋だった。指定された個室の扉を開けると、懐かしい顔ぶれが次々と僕の名を呼んだ。
「うわ、聡太じゃん!久しぶり!」
「全然変わんねーな!ちょっと関西弁混じってないか?」
口々にそう言って、僕の肩を叩く。大阪で過ごした七年間という時間が嘘のように、僕の心は一瞬であの中学時代に戻っていた。
アルコールも回ってきた頃、少し遅れて幹事の田中が入ってきた。
「ごめんごめん、遅れた!ちょっと、スペシャルゲスト連れてきたぜ!」
そう言って彼が後ろから招き入れた人物を見て、僕は息をのんだ。
音無琴葉だった。
僕の心臓が、ドクン、と大きく、そして痛いほどに跳ねる。時間が、止まったように感じた。
彼女は、僕がこの会に来ていることを知らなかったのだろう。驚いたように大きく目を見開き、その場に立ち尽くしていた。
正直に言うと、最初、僕はそれが彼女だとすぐには分からなかった。中学時代の面影は確かにある。でも、目の前にいるのは僕の記憶の中にいる制服姿の少女ではなかった。肩まで伸びていた艶やかな髪は、洗練された大人びたボブスタイルに変わっていた。薄く施された化粧が、彼女の整った顔立ちをより一層引き立てている。シンプルなネイビーのワンピースに身を包んだその姿は、紛れもなく「大人の女性」だった。五年間という月日の長さを、僕はまざまざと見せつけられた気がした。
「……木崎、くん?」
先に口を開いたのは、彼女の方だった。その声で、その少し掠れた、優しい声で僕は目の前の女性が間違いなく音無琴葉であることを確信した。
「……久しぶり、音無さん」
何と返せばいいのか分からず、僕は当たり障りのない挨拶を返すのが精一杯だった。周りの友人たちが「おぉー!感動の再会!」「お前ら、なんか気まずいのかよ!」と囃し立てる。その声が、やけに遠くに聞こえた。
席が、僕の隣しか空いていなかったのは間違いなく田中たちの巧妙な計らいだったのだろう。僕たちは、ぎこちなく隣同士に座り、当たり障りのない近況を報告し合った。彼女は都内の大学に通っていること。今は国際交流サークルに所属していて、活動に夢中なこと。そして。
「彼氏とは、順調なの?」
聞きたくもないのに、そんな質問が勝手に口から滑り出ていた。聞くつもりなんてなかったのに。
彼女は少し驚いたような顔をしてから、ふわりと、どこか寂しげに微笑んだ。
「うん。まあ、それなりに、ね」
その笑顔が、僕たちの間に横たわる、決して埋めることのできない八年間という時間の長さを、残酷なまでに物語っているようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます