4月30日 大友誠司による独白

 4月下旬になった頃。クラスの空気が変わってきたことに、おれはいやでも気づいていた。

 秋本楓だ。

 彼が何かを発言するたびに、クラスの数人がくすくす笑う。ただの授業中の真っ当な発言でも。

 また、教室後ろのロッカーに入れている体操服が、秋本楓のだけしばしば床に落ちているのを目にすることが増えた。時々踏まれたのか、上履きの跡もついている。乱雑に詰め込む生徒にはよく見られることではあるが、秋本楓はこの一か月弱観察した限りでは、どちらかというと几帳面な方であり、乱雑に詰め込むタイプには見えなかった。

 秋本楓は元々一人でいることが多い生徒だったが、最近はいつでも一人だ。図書室にいたり、職員室に来て生活委員担当の篠田という年配の教師としゃべったりしている。しゃべるというよりは、秋本楓が一方的に自分の考えを言って、篠田先生がふんふんと聞いているだけなのだが。

 いじめ――

 というにはずいぶんと大人しい変化だった。秋本楓は元々友達が少ないようだったし、元々突拍子もないことを主張しはじめて授業が横道にそれることもよくあった。上履き袋の件だって入れ方が悪かったと言われればそれまでだ。だからおれも、静観するしかなかった。

 

 掃除の時間は秋本かえでは出席番号1〜10番のグループだ。元々秋本かえでと栗原陽奈はるな、佐々木あおいが真面目に掃除をし、沢口煌志こうしは多少ふざけることもあるがわりと真面目に掃除をし、木下はなは時々ぼーっと止まってはいるがマイペースに掃除をし、その他のメンバーはそれなりに掃除をするといった雰囲気だったように思う。それが顕著となり、真面目に掃除をしているのは秋本かえでと栗原陽奈はるな、佐々木あおいくらいになり(あとは木下はなは相変わらず時々ぼーっと止まってはマイペースにやっている)、もともと遊び気味だった飯島のどかと及川唯斗ゆいとと小林琉維るいは完全に遊びとおしゃべりにシフトした。目立たないが真面目側だった木村大和やまとと小島結芽ゆめまでそこに加わってぺちゃくちゃぺちゃくちゃしゃべってばかりいるようになり、沢口煌志こうしがそこに加わっては佐々木あおいに注意されて掃除を始める、といった調子だ。学級委員でもある栗原陽奈は時々困った顔をしているが、事を荒立てたくないのか何も言わずに黙々とみんなの分まで掃除をしている。どちらかというと佐々木あおいの方がきっぱりものを言うタイプで、文武両道で器量もよく明るいためか大抵の生徒に好かれてもいるので、彼女が「ちょっとあと5分だけだからみんな、掃除しよ?ぞうきんがけ競争する?」とでも言えばみんな動き出すのはありがたいのだが、彼女もまあまあ気まぐれなところがあるようで、掃除そっちのけで学級新聞のネタで沢口煌志こうしと盛り上がってしまう日もあるのだった。

 おれも何度か注意し、そのたびに「はーい、すみませーん」とみんな従うのだが、五分もしないうちにまた元通りのおしゃべりに戻っている。まだ面と向かって「嫌だ、めんどくさい」とでも言ってくれればこちらもやりやすいのだが、六年生にもなると知恵や社交辞令を身につけると見え、うわべの聞き分けだけは良いのでかえってやりにくい。

 困り果てたおれは、学級委員の塚本いつきに相談した。塚本いつきは、

「それはよくないね。オレからも及川たちに言っとくよ先生。あーまあ、でも……」

と言い淀んで、

「秋本かえでさんがしょっちゅう、掃除しろ掃除しろって言うでしょう?あれ、かえってみんな反発するから、できればやめてもらった方がいいと思うな。掃除してても言うでしょ?ああいうの、重箱のすみをつつくって言うのかな」

と困ったようにへらっと笑った。

 それはおれも気づいていた。秋本かえでは正義感は強いのだが、こだわりも強いのか、執拗に周りを"注意"したがるきらいがある。掃除のことだけではなく、こないだのカラオケの件もそうだった。もちろん正しいことを言っていることが多いのだが、あまりに自分に関係ないところに首をつっこんでいくので、わざわざケンカを売りに行っているのか?と思う時すらある。

 こういうやつには――

 こういう生徒への対応。それは行動自体は認めつつ、注意は大人の役目だからそこまで頑張らなくていいよ、と言ってやることだ。と、教師になって色々な本を読んでおれは学んだ。なのでおれはたびたび秋本本人にそう伝えているつもりだが、響いた様子は今のところない。

 おれは塚本いつきに、

「そうだな、先生も秋本くんに何回か、注意は先生がするから頑張りすぎなくていいよ、って言ったんだけどな」

と返す。塚本いつき

「そうか、先生も彼には困ってるんだね……ふうん」

なにやら納得した様子でうなずいていた。

 

 塚本いつきがどう言ってくれたのか、掃除はみんなやるようになった。そうなればみんなむしろ秋本より働く。秋本がすることがなくなり時々手持ち無沙汰にウロウロしているのをよく見るようになった。元々真面目ではあるが要領が良い方ではなく、自分から仕事を見つけるのは苦手なようだ。

「秋本、それに木下、さあ、やれることを探してやってみよう」

 オレは声をかける。やっぱりイジメかなと思ったのは、勘違いだったかな。

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