5月7日 広報委員の学級新聞作り

 5月の土曜日。この日に集まろうと言い出したのは、佐々木あおいさんだった。僕らはタブレットを持って、佐々木さんの家に集まった。女の子の家に入るのは初めてだ。

「うお、でっけえ!やべー、キレイすぎるな!」

 沢口煌志こうしさんが大声ではしゃいでいる。佐々木さんの家はわりと最近建てられた新築のようだ。今時の家に多い四角く細長い窓が上下そろったように並んでいる。柱が少なく、天井が高いので広く見えるのだ。なんか、家のことはわからないけれど、高そうな家だ。佐々木さん家のお父さんは大学病院の外科医だと、うわさで聞いたことがある。

「座って座って」

 佐々木さんは手際良く、きれいなガラスのコップに麦茶を人数分注いで持ってきてくれる。来客用のコップってやつなのだろうか。お金持ちはそういうものを常に用意しているものなのだろうか。うちには多分そういうのはない。

 リビングのローテーブルを囲んで四人で座る。高そうなソファーもあったが、テーブルで書き物をするには床に座った方がいい。床にはふわふわした高級マットのようなものが敷かれている。お茶をこぼさないようにしないと。正座がいいのかな、あぐらでいいのかな。

「よいしょー」

 佐々木さんがどかっとあぐらをかいた。みんなふっと緊張の糸がとけ、ぼくと沢口煌志こうしさんはあぐらをかいた。橋本心那ここなさんは正座を横に少し崩す。

「みんなよろしくね。あたしとコーシは去年も広報委員やったけど、謙信けんしん心那ここなんは初めてだよね」

 いきなり下の名前呼び捨てだ。どぎまぎするが、悪い気分ではない。むしろ普段は友達から名前で呼ばれることがほとんどないので、少しうれしい。学校では男女ともに名前または苗字にさん付けで統一しあだ名は禁止する、というのは親世代にはなかった最近の流れらしいけれど(だから親は時々変な顔をするけれど)、逆にぼくのような友だちが少ない子どもは、同級生にさん付け以外で呼ばれることがほとんどないのだ。

 あだ名で呼ばなくても――いじめがなくなるわけではないのだけれど。

「よろしく、佐々木さん」

 橋本さんがぺこりとおじぎをすると、佐々木さんは笑って顔の前で手を振り、

「葵でいいよ、心那ここなん!みんなもなんかさ、呼び方も仲良い感じにしようよ。こういうの特別って感じで楽しいじゃん。あ、でも謙信は呼びやすいし謙信でいい?上杉謙信の謙信だよね!」

佐々木さんがまだ授業では習っていない上杉謙信を知っているとわかり、うれしくなる。さすが物知りだ。

「ウエスギケンシン?」

沢口くんはきょとんとしている。

「歴史上の人物だよ。上杉謙信は戦国時代に、武田信玄と何度も戦ったんだ」

語り出すと長くなってしまうので、手短に説明する。

「へえ、じゃあ弟は信玄って言うの?」

「ううん、元就もとなり

「なんでだよ!」

沢口くん――煌志こうしくんが大きな口で笑う。ぼくもえへへと笑う。佐々木さん――葵さんが笑いながら、「普通に歴史の逸話とか教訓とかが好きなご両親なんでしょ、上杉謙信も毛利元就も、格言の元になってるからね。敵に塩を送るって知ってる?」とフォローしてくれる。「あー、知ってる知ってる。あれって上杉謙信の話だったんだ」と煌志こうしくんも理解が早い。心那ここなさん一人が困ったようなあいまいな笑みを浮かべている。ああこれついてこれてないやつだ、六年生なりたての人間としてごく当たり前の反応だ。なんかごめん。

 けれど正直、するすると歴史ネタが通じるこの空間が、ぼくには心地よかった。

「だからいつも歴史マンガ読んでんのか。歴史好きなん?」

 煌志こうしくんの質問に「だからってわけじゃないけど……」とぼくは口ごもる。上杉謙信を知る前からぼくは歴史が好きなのだ。たしかはじめは剣がかっこいいとか、お城が好きとか、そういうありきたりなきっかけだったと思う。そう言うと、「へえ、意外。なんか親近感」と煌志こうしくんはまた笑った。

「4月号の歴史の記事、よかったよ」葵さんが言う。「わかりやすかった」

「よく葵の無茶振りに答えられたよな」

 煌志こうしくんがニヤニヤする。やっぱりあれは無茶振りだったんだな。四月のことを思い出す。初めての委員会で、どうしても四月中に学級新聞を出したいから、十日間で学級新聞を作ろうと言い出したのは葵さんだった。「とりま、みんな好きなこと書いてくれればいいからさ」そう言われて困惑した。ぼくは正直、空気を読むというのが苦手だ。好きなことと言われても、本気で好きなことを書いたらみんなに引かれるだろうことはわかっている。マイナーな城の作りとか、戦国時代の地理関係と武将の力関係とか、さまざまな戦いの戦略とか、地元の歴史を考察して過去に思いをはせるとか、そういうのがぼくは好きなのだ。第一とてもじゃないがスペースが足りない。

「あれは心那ここなさんのイラストが良かったからだよ」

 これは本心だった。心那ここなさんはぼくの退屈な記事を城の絵や桜のイラストできれいにふちどってくれた。解説っぽい図もつけてくれた。ぼくは出来上がった新聞を見て、息をのんだ。自分が言いたいことが図式化されていることにおどろいたし、少し――いやわりと感動した。

「あの時は絵のネタが思いつかなかったから、わたしも助かった」

 心那ここなさんは少し恥ずかしそうに笑う。メガネの奥の細い目がさらに細くなる。

「ごめんごめん。今度はほら、話し合って決めよ」

 葵さんは悪びれてなさそうな明るい笑顔で言った。

 ぼくはこの六年間で今が一番楽しいかもしれないなと思った。


「まじかー」

 アンケート票を集計して、煌志こうしくんが天を仰ぐ。「ウワサ調べんの面白いと思ったんだけどなー」

 前回の六年生の思い出づくり案について、クラスの全員に葵さんがアンケートをとったところ、肝試しとタイムカプセルに5票、グッズや記念品作りに2票、その他新しい意見もあったが、「学校や町のいろんなウワサを調査する」という案には1票も入っていなかったのだ。どうやら彼が特にやりたかったのはそれらしかった。

 まあ無理もないよな、とぼくは内心思った。ぼくらが思っているほど、"調べ物"が好きな同級生は多くない。

「じゃあさ、うちらで調べようよ」

 あっけらかんと葵さんが言う。「それで次の記事それにしよう」

「え、いいの?やるやる!」

 煌志こうしくんの顔がパッと明るくなる。葵さんは続ける。

「あたしも面白いなって思ってたんだ。それでママに聞いてみたんだ、ママ東小出身だから。なんか面白いウワサとかない?って」

 行動が早い……葵さんはいつも行動が早い。

「そしたら面白い話聞けたよ。こっくりさんっていうやつ。コーシはなんかないの?」

「あるある、そもそもその話がしたかったのオレ。兄貴に面白いウワサ聞いてさ。ユーレイの、ヨシダくんっていうんだけど」

 煌志こうしくんはうれしそうだ。意外なことに、心那ここなさんもニコニコして、心持ち身を乗り出している。怖い話っぽいけど平気なんだな。もちろんぼくも平気な方だ。大好きというほどではないけど、民間伝承は、地域の歴史に根ざしていたりするので、調べるとけっこう面白い。

「そしたら謙信、学校の歴史とかって調べられたりする?それともこの地域のでもいいよ」

 葵さんがこちらを見て言う。ぼくはうなずいて「どっちも書けると思う」と答えた。「それならいい感じでつながってまとめられそう。夏に向けてテーマ的にも合ってるし、肝試しするならそれにもいかせそう」と葵さんはぱっと立ち上がり、タブレットを取りに行く。

 ぼくの趣味が取り入れられている。ぼくの意見が求められている。

 ああ、広報委員に入ってよかったな。そう心から思った。

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