4月27日 瀬尾朔斗は学習する
昨日は一波乱あった。秋本の給食のスープに、大量の髪の毛が入っていたのだ。
犯人はわかっている。給食委員の二人だ。小林
「じゃーん、姉貴の髪の毛ゲット!」
二時間目の休み時間に、自慢げに
「これを秋本のスープに入れてやろーぜ」
「スープじゃほかの子が不安になっちゃうんじゃないかな」木村大和が少し考えて言う。「みんな同じ入れ物からよそうから」
「それもそっか、じゃ、なにがいっかな、うーん」
個別に分かれてるメニューなんて牛乳とデザートくらいだ。どちらも封をあけずに中に異物を入れるなんていうのは至難の業だ。
「給食じゃなくて、
「どうやって個人の持ち物に入れんだよ、無理無理」
「じゃあ、パンとか袋麺」
「同じ工場で作ってるだろうからなあ、不安的にはスープと変わんないな」
「クラスLINEで回せばよくね、秋本LINE入ってないし」
という及川の一言で決着がつき、かくして秋本のスープには大量の長い髪の毛が混入されることとなったのだった。誰が何をよそうかは給食委員が決めるし、ちょうど二人とも給食当番の週だったので、スープの方に移動しようとしていた木下さんに
秋本の顔は見ものだった。髪の毛を箸でつまみあげて数秒フリーズした後、女子みたいな悲鳴を上げて椅子から転げ落ちたのだ。丸い尻が床にぶつかってどしんと教室がゆれるほどの音がしたので、みんなパッとそちらを見た。秋本は真っ青だった顔を真っ赤にして、みんなをにらみつけ(気持ち
帰りの会で、トモセンが
「今日、秋本のスープにその、髪の毛のようなものが入っていた。今給食センターに報告して、チェックしてもらってる。毒ではないから同じなべのスープを飲んでも問題ないから、みんなはあまり気にしすぎないでほしい。」
と、深刻な顔で言うから、おかしいやらちょっと申し訳ないやら。よせばいいのに
「せんせー、それって、秋本クン本人の髪の毛だったんじゃないですかぁ〜?」
と声を上げ、また何人か――
翌日、つまり今日の休み時間。
「おっと」
オレはうっかり、本当にうっかり、みんなの工作をかざってある棚にひじをぶつけて、秋本の工作を落としてしまった。ダンボールとストローと画用紙で作ったしかけ遊びみたいな工作なので、壊れはしなかった。
「…………」
オレはなんとなく、足でその工作を軽く蹴った。その時
「何してんだよ!」
ヒステリックな声がして、振り返るとプルプル脂肪のついた体を震わせている秋本がいた。
「何って?」
オレはあせらず、体ごと秋本の方を向く。こうすると勝手に相手がびびってくれる。身長が175センチを越えた頃からそれを学習した。
「それ、ぼ、ぼくの工作、落としたろ!」
秋本の声は震えてうわずっている。情けない声だ。
「あ、これお前のだったの?うっかり落としちゃったから、ひろおうとしてたんよ」
オレはすいっと秋本の工作をひろい、棚に戻す。秋本はしばらく黙ってオレをにらみつけていたが、
「わざとだろ」
と震える声で言った。
「……あん?」
オレは意図してこわめの表情を作り、秋本を見下ろす。
「落としたのわざとだろ、い、いつもそうだ、オレの体操着もうわばき袋も、カバンもクツも、みんなわざと落とすんだ。そうして影で笑ってるんだ。卑怯だ」
秋本はオレの顔にはあまりびびらないよなあ、と思った。それにしても被害妄想が過ぎる。まあたしかに最近のそれらはみんなわざとやってるから、秋本の言ってることは本当だ。とはいえ、それは秋本の自業自得であって、こうまで被害者ぶられるのはだいぶ気持ち悪い。ましてや工作を落としたのは冤罪だ。
「あー?ちげーよ、今のはたまたま腕がぶつかったんだって」
「でもその後蹴ったのはわざとだろ」
それはまぁそうだが、
「いやいや、ひろおうとしたら足が当たったんだよ」
オレは平然と返す。返しながら、この間の竹内――たけうっちとの会話を思い出していた。
「秋本見てるとイラついてイラついて、怒鳴りつけたくなるんだよ」
オレはその日、理科の授業中に、空気を読まずに先生の話に食い下がった秋本に、「うるせえ迷惑だ、後でやれ!」と怒鳴りつけた。すると、授業の後、先生に「ちょっとあまりにも、言い方が乱暴すぎる」とたしなめられたのだった。
言い方が乱暴だとか態度が悪いとか言われるのは慣れている。ただ、ただ相手が秋本だったのが、それだけがひたすら腹立たしかった。秋本みたいなやつなんかに、なんでオレたちが我慢しなければならない?
「わたしは瀬尾くんがああ言ってくれて助かったよ。自分のエゴでみんなの授業脱線させるとか、ちょっとありえない」
たけうっちはきっぱり言う。こいつの言い方はしばしば清々しい。顔は美人とは言えないが、頭は回るし言う時は言うし、オレは正直友達としては嫌いじゃない。
「まあでも、そうだね……」
たけうっちはしばし考え込み、
「瀬尾くんはもう少し、自分が悪者にならないように動いてもいいかもね」
と言った。
「や、別にオレはいいんだけどさ――」
「怒鳴りそうになったら、静かな低い声でゆっくり言っでてみて。意外とそっちでも十分脅しにはなると思うよ」たけうっちは続ける。「あと、謝らなきゃいけないときは、起こった『こと』に対してだけ謝って、『人』に全面的に謝って降伏してるわけじゃないぞってことをさりげなく示すとか」
「それ、秋本に伝わるかあ?」
オレは笑う。秋本がそういう場の空気が読めないから、こんなことになっているのだ。でもたけうっちは、
「秋本に伝わらなくたっていいよ、まわりに伝われば。まわりが瀬尾くんは悪者じゃないとわかれば、相対的に――」
秋本の評価が下がる。そう言った。
「まあでも、お前の作品落としちまったのは悪かったよ、足もあたっちゃったし。すまん」
オレは謝ってみた。心の中で、オレは起こった『こと』に対して謝ってるんであってこいつに謝ってるわけじゃない、と呪文のように繰り返しながら。
秋本は少しきょとんとした顔になったが、
「ほら、認めた。やっぱりわざとだったんだ」
と、幼稚園の子どもみたいなことを言う。オレは少し笑ってしまった。
「いや、わざとじゃないって。ただわざとじゃなくても――」
「蹴ったのはわざとだろ!」
秋本の声が裏返る。こいつどこまで見てた?とにかくシラを切り続けるしかない。ああうざい。早く終われ。早く――
「どうしたの」
教室の入り口から、塚本
「秋本くん、落ち着いて。サクはわざとじゃないって言ってるよ?」
「でも、でもウソだ。わざとだ、ぼくは見たんだ」
秋本はもはや涙声になっている。
「見たって、なにを?サク、こんなふうにしてたの?」
「そんなことしてないんだけどな……」
オレは困ったような声を出してみる。内心はガッツポーズだ。たけうっちが言った通りになった。本人に伝わらなくても、まわりから見たらオレが言いがかりをつけられている被害者だ。「でも後ろ向いてたし、そう見えちゃったんなら悪かったかぁ……」
秋本は顔を真っ赤にして、少し潤んだ目でオレをにらんでから、急にぎゅるっと向きを変えて教室を走り出て行った。
「……なにあいつ。やべえ」
「まあ、昨日の給食の事件もあったし、まいってるんじゃないかな」
「サク大変だったね、大丈夫?サクは悪くないよ」
などと言う。こいつは素直すぎるんだよな。ちょっと罪悪感がわくじゃねーか。
「まあ、落としたのはわざとじゃないけど、ちょっと蹴ったしな」
オレは舌を出す。
「じゃあ少しは悪いんじゃーん!だからしおらしかったのかー、らしくないから心配して損したー」
だからしおらしかった――というわけではないが、そういうことにしておこう。
「これで少しは秋本くんも、ほかのいろいろなことも、人のせいばかりじゃないんじゃないかって思ってくれればいいけどね」
そうだな、いい薬だ。オレはなんだかいいことをしたような気分になった。
家に帰ると夕食がテーブルに出ている。焼き鮭と、野菜の煮物、味噌汁、ご飯。母親は皿を洗いながら、「おかえり、ご飯できてるよ」と言う。
……
「いらね」
吐き捨てる。「え、でも……」と言いかけた母親の前に立つ。俺の肩までしかない身長の母親はとても小さく、薄汚れた
「オレ、魚嫌いだって言ってるよな。なんで毎度毎度
低い声でゆっくり言う。母親は口を中途半端に開けたまま、震え出す。
「ごめん……朔くん、ごめんね」
オレは数秒黙って母親をにらんだあと、きびすを返してリビングの扉を開ける。わざとドスドスと音を立てて階段を上る。オレが怒っているのだということをあの物わかりの悪い母親に伝えなきゃならない。
今日もカップ麺か。物覚えの悪い親を持つと苦労する。
去年まで母親はうるさかった。栄養がとか好き嫌いしないでとか言い返してきた。オレの身長が170を超えた頃、ふと思った。なんでオレはこんなちっぽけなみすぼらしい中年女に従わなきゃならないんだ?それで、一度殴った。それからは大人しくはなった。たまに何か言ってくるが、皿を投げるか壁を殴るかすれば黙る。簡単なもんだ。
弱いくせに人に
だからこれはいい薬だ。オレは正しいことをしている。
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