4月22日 福田律の家庭訪問

 ――こんにちは。あたらしくりつくんの担任となりました、大友誠司と申します。

「ああ、先生、わざわざありがとうございます。福田律ふくだりつの母でございます」

 ――ああ、どうぞ、おかまいなく。

「いえいえ、どうぞお茶でも。つまらないものですが」

 ――ほう、羊羹ようかんですか。いや、大好きです。

「よかったです」

 ――では、遠慮なく。

  ……さて、律さんは今日はいらっしゃいますか?

「すみません。いるにはいるのですが、どうしても部屋から出たくないと……その、毎年こうなんです。新しい先生に慣れるのに、すごく時間がかかるんです」

 ――ええ、伺っておりますよ。とても感受性が強いお子さんなのですね。大丈夫です。今日はお会いできなくても。手紙を書いて来ました。あとで渡していただけますか。

「ええ、はい、喜ぶと思います。ありがとうございます」

 ――去年は、大林先生からいくつか課題を出されたそうですね。どうでしたか?

「ええ、律の好みに合わせていただいて、おかげさまで、半分くらいは提出できていました」

 ――テストは、おうちで受けられるのですか?

「ええ。国語や算数は白紙で出すことが多いのですが、理科だけはやるんですあの子。白紙で出す時も、名前だけは書くようにと教わりそのようにしています」

 ――理科の成績は……とくに生物関係は、悪くはないのですね。ケアレスミスが多いようですね。

「はい、本当に、多いです。病院でお薬を飲むようになってからは少しは減ったようですけど、お薬のおかげなのか、本人の成長なのか……。お薬を飲み忘れることも多くて。まあ、国語も、去年は好きな生き物についてパソコンで作文を書くように言われたら書けたので、能力がまるきしないわけではなさそうなのですが」

 ――一昨年の知能検査の結果を見ると、言語能力は、偏ってはいるものの平均より高いのですね。ワーキングメモリーと処理速度が境界域と。ここで本人の中にも、やりたいのにできないというギャップがありそうですね。

「ええ、そう説明を受けました。本人は何も言ってくれないんですけど……」

 ――わかりました。大林先生とまったく同じようにはできないかもしれませんが、わたしなりに、律くんに合った勉強方法を提供できると良いと思います。

「すみません。お忙しいのに」

 ――とんでもない。むしろ、楽しみにしているのですよ。……あのう、差し支えなければ、少しだけ、お部屋にお声がけしにいかせていただいてもよろしいでしょうか?

「あ……ええ、はい。大丈夫だと思います……けど、今日は会わないと本人の中で決めてしまっているようなので、難しいかと思います……」

 ――わかりました。


 (ノック音)

 ――福田律さん。今年担任になった、大友です。よろしくね。今年は秋に、小学校最後の運動会や、修学旅行もあるので、一緒に行けるのを楽しみにしています。ではまた、来月に来ますね。よろしくね。


「……あのう、すみませんが」

 ――はい、なんでしょう?

「……あのう、一生懸命やってくださっている先生には本当に申し訳ないのですが……あの子、運動会は嫌いで……話を聞くのも嫌がるほどなので、行けないと思います。修学旅行も……」

 ――まだ決めつけるのは早いと思いますよ。律くんも、律くんなりに成長していると思うので。でも、そうですね、ちょっと気が早かったですかね、秋の話は。

「……早いとかではなく、運動会のお話はもう、しないでいただけるとありがたいです」

 ――え?……あ、そうですか。それがご家族のご意向であれば。

「よろしくお願いします。あの子、一見おとなしいですけど、一度スイッチが入ると頑固で大変なんです……三年の時は運動会に一度ちょっとだけでもと連れて行っただけで、何も飲まなくなってしまって入院したんです。今夜も夕食を食べてくれるかどうか……はぁ」

 ――あー、なんか、すみませんね。でも全く触れないわけにもいかないしな……

「大林先生は……本人には、行事の話はしなかったです。必要であればわたしがするので……わたしにお願いします」

 ――わかりました。そうしましょう。まあ、今後も、まったく大林先生と同じようにできるかはわかりませんので、お母様には、ご不満を抱かせてしまうかもしれませんが……

「不満だなんて、とんでもないです。こうして律一人のために色々していただけているだけで、ありがたいと思っております」

 ――……いえ、では、学校の話はまずはお母様を通して行う、ということで承りました。よろしくお願いいたします。

「よろしくお願いいたします。今日は本当に、ありがとうございました」

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