第十一章 視差の真実

暗闇の中、争う音が聞こえた。


「相沢を捕まえろ!」


田中の声だった。


数秒後、非常灯が再び点いた。


相沢が床に組み伏せられていた。田中と、意外にも北村博士が協力して押さえつけている。


「もう逃げられませんよ」


田中がロープで相沢の手を縛った。


私は、ようやく全貌を理解した。でも、まだ疑問が残っている。


「待って。まだ説明できないことがある」


全員が私を見た。


「黒田教授は、なぜ望遠鏡室にいたの? 相沢さんに呼ばれたとしても、真夜中に...」


美咲が頷いた。


「そうよ。それに、金星の観測にこだわっていた理由も」


私は推理を始めた。今度は、私が探偵になる番だ。


「相沢さん、あなたは黒田教授を殺した。でも、それだけじゃない」


「何が言いたい?」


「20年前の事故の日、金星の観測があった。黒田教授は、その贖罪のために、同じ状況を再現しようとしていた」


北村博士が息を呑んだ。


「まさか...」


「そう。黒田教授は、東側の扉を開けて、20年前と同じように観測しようとしていた。兄と恋人の供養のつもりだったのかもしれない」


田中が理解した。


「それを知った相沢さんは、利用した」


「睡眠薬を飲ませ、望遠鏡室に運び、暖房を切った。教授が凍死するのを待った」


相沢が笑った。乾いた、虚しい笑いだった。


「そうさ。完璧な計画だった。教授は罪悪感に苛まれていた。だから、簡単に操れた」


「でも、山崎さんは?」


「あいつは邪魔だった。20年前の真実を知っている。いずれ問題になる」


なんという冷酷さだろう。


美咲が私の手を握った。


「詩織、あなたのお兄さんは...」


「兄は、正義感の強い人でした。不正を許せなかった。だから、黒田教授と対立した」


涙が頬を伝った。でも、もう隠さない。


「私は真実を知りたかった。でも、復讐は望んでいなかった」


北村博士が近づいてきた。


「お兄さんも、私の恋人も、きっと復讐は望んでいないわ」


田中が相沢を立たせた。


「さあ、部屋に閉じ込めましょう。警察が来るまで」


その時、窓の外が明るくなった。


雪が止んでいた。


3日ぶりに見る青空だった。


太陽の光が、白銀の世界を照らしている。


「救助が来るまで、もう少しです」


田中の言葉に、全員が安堵の表情を浮かべた。


美咲が私に囁いた。


「最初から本名を名乗る勇気があった。それが詩織の強さだよ」


美咲の言葉に、私は初めて、自分の選択が間違っていなかったと思えた。


でも、私の心には、まだ悲しみが残っている。


兄の死の真相がわかっても、兄は帰ってこない。


美咲が優しく言った。


「詩織、お兄さんは立派な研究者だったのね」


「ええ...」


「きっと、今も星になって、私たちを見守ってる」


陳腐な慰めかもしれない。でも、美咲の言葉は、私の心に染み込んだ。


窓の外を見上げると、昼間なのに、金星が見えた。


内合を過ぎ、明けの明星として輝き始めている。


兄が最後に見たかった星。

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