第十章 パルサー

非常灯が点いた。薄暗い赤い光が、廊下を不気味に照らしている。


「誰かが配電盤を...」


相沢が走り去った。


田中が冷静に状況を分析し始めた。


「整理しましょう。黒田教授の死因は何だったのか」


「心臓発作だと思っていたが...」


「いいえ、違います」


田中は確信を持って言った。


「私は最初から違和感があった。健康な62歳が、突然心臓発作で死ぬ。しかも、望遠鏡の前で」


「では、何が?」


「低体温症です」


美咲が息を呑んだ。


「でも、室内で?」


「室温はマイナス5度でした。そして、教授は薄着だった。なぜか」


田中は推理を続けた。


「誰かが教授を眠らせ、暖房を切り、薄着にした。そして、低体温症で死に至らしめた」


「眠らせた? どうやって?」


「睡眠薬です。おそらく、夕食か飲み物に混入された」


北村博士が頷いた。


「それなら、私にもできた。でも、していない」


「信じます」


意外にも、田中が北村博士を擁護した。


「なぜ?」


「山崎さんの死に対する反応が、本物の驚きだったから。計画していたなら、あんな反応はしない」


「では、真犯人は?」


その時、相沢が戻ってきた。顔面蒼白だった。


「大変だ。東側の扉が...開いている」


全員が凍りついた。


「誰かが外に?」


「いや、逆だ。誰かが外から入ってきた形跡がある」


足跡が、雪と共に廊下に続いていた。


「まさか、第三者が?」


美咲の推測を、田中が否定した。


「いいえ。これは偽装です。犯人は内部にいる」


「なぜわかる?」


「足跡をよく見てください。雪が少なすぎる。本当に外から入ったなら、もっと大量の雪が...」


田中は、ある人物を見つめた。


「相沢さん、あなたです」


相沢が後ずさった。


「何を言っている?」


「あなたは次期天文台長の座を狙っていた。黒田教授が邪魔だった」


「証拠は?」


「あります」


田中は懐から何かを取り出した。それは小さなボトルだった。


「これは睡眠薬のトリアゾラムです。あなたの部屋の机の引き出しから見つけました」


「いつの間に...」


「停電の前に、確認させてもらいました。そして、もう一つ」


田中は、別の証拠を示した。


「山崎さんの薬をすり替えたのもあなたです。医学知識はなくても、ネットで調べれば、ニトロペンの重要性はわかる」


相沢の顔が歪んだ。


「でも、なぜ詩織の部屋に?」


「彼女を犯人に仕立て上げるため。20年前の関係者だと知っていたから」


私は愕然とした。利用されていたのだ。


「しかし、誤算があった」


田中は続けた。


「山崎さんが、予想より早く発作を起こした。北村博士の告白がショックとなり、心筋梗塞を誘発した」


北村博士が嗚咽を漏らした。


「私のせいで...」


「いいえ、悪いのは相沢です」


美咲が相沢を睨みつけた。


相沢は、観念したように肩を落とした。


「そうだ...俺がやった」


ついに、自白した。


「20年も、黒田の下で働いてきた。でも、いつも見下されていた。お前には才能がないと」


相沢の声には、長年の恨みが滲んでいた。


「次期台長の座も、外部から招聘すると言い出した。俺の20年は何だったんだ?」


「それで殺したのか」


「計画は完璧だったはずだ。低体温症なら、事故死に見える。山崎も、持病の心臓発作に見える」


「でも、人の命を...」


「お前たちに何がわかる!」


相沢が叫んだ。


その時、また照明が点滅した。


そして、完全に消えた。

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