第八章 暗黒物質
私の部屋は、簡易的な取調室と化していた。
相沢が、まるで検事のように私を問い詰める。
「なぜあなたの部屋から薬が?」
「知りません。誰かが置いたんです」
「都合のいい言い訳だな」
田中が、見つかったニトロペンを検査していた。
「これは本物です。遮光瓶、有効期限内、錠剤の色も正常。山崎さんが普段使っていたものと同じロット番号です」
また一つ、私に不利な証拠が増えた。
「詩織は違う」
美咲が必死に私を弁護した。
「彼女にはアリバイがある。昨夜はずっと一緒だった」
「一晩中、一度も離れなかったと?」
相沢の追及は鋭い。
「それは...」
美咲も答えに詰まった。確かに、トイレに行った時間はあった。部屋に戻って着替えを取りに行った時間も。
北村博士が、意外なことを言った。
「でも、動機がないでしょう」
「動機か...」
相沢は私をじっと見つめた。
「富永詩織。最初から本名を名乗っていたんだな」
私は息を呑んだ。
「なぜ気づかなかったんだ...データベースで確認するまで」
相沢が一枚の紙を取り出した。私の大学の名簿のコピーだった。
「富永詩織。科学哲学専攻。そして...」
彼は別の資料を取り出した。
「20年前の事故記録。死亡した大学院生、富永昭彦。苗字が同じだ」
美咲が私の手を握った。温かい支えを感じる。
「それがどうした?」
私は開き直った。
「富永...どこかで聞いた名前だ」
北村博士が考え込むような仕草をした。
「20年前の事故で亡くなった院生...確か富永という名前だったような...」
まさか、と全員が私を見た。
「あなた、もしかして...」
私は観念した。
「富永は...私の旧姓です。結婚して名前が変わりましたが、すぐに離婚して...でも、20年前の事故とは関係ありません」
嘘だった。
でも、本当のことは言えない。20年前に死んだ富永は、私の兄だったなんて。
兄の死の真相を知るために、ここに来たなんて。
「怪しい」
相沢の声は冷たい。
「復讐のために来たんじゃないのか?」
「違います!」
その時、田中が何か思いついたように顔を上げた。
「待ってください。薬のすり替えができたのは、医学知識がある人物のはずです」
「詩織は科学哲学専攻です。薬学の基礎知識くらいあるでしょう」
「いや、それだけじゃない」
田中は続けた。
「ニトロペンの保管方法、有効期限、偽薬との見分け方...これらを知っているのは、医療従事者か、実際に使用している患者、またはその家族です」
「それなら、この中の誰でも...」
美咲の言葉を、北村博士が遮った。
「いいえ。山崎さんと親しかった人物。薬の保管場所を知っていて、すり替えるチャンスがあった人物」
全員が疑心暗鬼の目で、お互いを見つめ合った。
外では、雪が音もなく降り続いている。
この白い牢獄の中で、私たちは互いを疑い、恐れている。
そして、真犯人は、この混乱を楽しんでいるのかもしれない。
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