第七章 超新星

翌日の昼食時。


窓の外では、相変わらず雪が激しく降り続いていた。気象予報によれば、あと24時間は止む見込みがないという。


私たちは黙々と、レトルトのカレーを食べていた。誰も食欲はなかったが、体力を維持するために無理やり口に運んでいる。


山崎が突然、立ち上がった。


「うっ...」


彼の顔が一瞬で青白くなった。額に脂汗が噴き出す。


「胸が...締め付けられる...」


山崎は左胸を押さえた。そして、左肩を摩る。


「左肩に...痛みが...」


これは典型的な放散痛だ。心筋梗塞の特徴的な症状。


田中が即座に反応した。


「典型的な心筋梗塞の症状です! ニトロペンを!」


山崎は震える手で薬瓶を取り出した。田中がそれを受け取り、白い錠剤を一粒取り出す。


「舌下に入れてください。溶けるまで飲み込まないで」


山崎は指示通りにした。しかし、1分経っても、2分経っても、症状は改善しない。むしろ悪化していく。


「効果がない...なぜだ?」


田中は薬瓶を手に取り、錠剤を確認した。そして、愕然とした表情を浮かべた。


「これは...ニトロペンじゃない」


「何だって?」


相沢が身を乗り出した。


田中は錠剤を指でつぶし、舌先で味を確認した。


「砂糖だ。偽薬にすり替えられている!」


山崎が床に崩れ落ちた。呼吸が浅く、速くなっている。


「AED準備! CPR開始します!」


田中は山崎を仰向けに寝かせ、胸骨圧迫を始めた。


「1、2、3、4...」


リズミカルに、しかし力強く、胸骨を圧迫していく。30回の圧迫の後、人工呼吸を2回。


美咲がAEDを持ってきた。田中は素早く電極パッドを山崎の胸に貼り付けた。


「みなさん、離れてください!」


AEDが心電図を解析する。機械音声が響いた。


「ショックは不要です。CPRを続けてください」


心室細動ではない。心静止か、無脈性電気活動か。いずれにせよ、状況は極めて厳しい。


田中は再び胸骨圧迫を続けた。5サイクル、10サイクル...


20分が経過した。


田中の額にも汗が浮かんでいる。それでも手を止めない。


「まだだ...まだ諦めない...」


しかし、30分を過ぎた頃、田中の動きが止まった。


彼はペンライトを取り出し、山崎の瞳孔を確認した。


「瞳孔散大...対光反射消失...」


田中は静かに、山崎の瞼を閉じた。


「死亡確認時刻、午後1時47分」


重い沈黙が流れた。


そして、相沢が叫んだ。


「誰かが薬をすり替えた...これは殺人だ!」


北村博士が震える声で言った。


「いつすり替えられたの?」


「わからない。でも、昨日の夕食時には本物だったはずです。山崎さんが服用して、効果があったから」


田中が薬瓶を詳しく調べた。


「遮光瓶の封は破られていない。でも、中身だけがすり替えられている。かなり巧妙な手口です」


「誰がこんなことを...」


美咲の問いに、誰も答えられなかった。


私は思った。これは計画的な殺人だ。ニトロペンの特性を熟知し、心筋梗塞を誘発するタイミングを見計らった。


そして、犯人はまだこの中にいる。


田中が立ち上がった。


「全員の部屋を調べるべきです。本物のニトロペンがどこかにあるはずだ」


捜索が始まった。


30分後、信じられないことが起きた。


「見つかった...」


相沢の声が、私の部屋から聞こえた。


私は凍りついた。まさか...


「T.詩織の部屋のクローゼットの奥から、本物のニトロペンが出てきた」


全員の視線が、私に集中した。


疑惑、恐怖、そして...殺意。


「違う! 私じゃない!」


私の声は震えていた。


「詩織を疑うの?」


美咲が私の前に立った。


「彼女は昨夜、ずっと私と一緒にいたわ」


「でも、トイレとか、少しの時間なら...」


相沢の言葉は冷たかった。


北村博士が口を開いた。


「なぜ、詩織さんが? 動機は?」


「それは...」


答えられなかった。私には、山崎を殺す理由などない。


でも、証拠は私の部屋から見つかった。


窓の外では、雪が墓標のように降り積もっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る