第五章 重力レンズ
午後になって、望遠鏡室を再度調査することになった。
「ここに来て」
美咲が望遠鏡の制御パネルを指差した。液晶画面には、観測プログラムが表示されている。
「これ、自動追尾プログラムよ。金星を12時間追い続ける設定になってる」
「でも、金星は今、太陽の向こう側では?」
私の疑問に、美咲は首を振った。
「そうなんだけど...このプログラム、何か変。座標が微妙にずれてる」
北村博士が画面を覗き込んだ。
「これは...仮想的な座標? まるで、金星が別の位置にあると仮定して...」
その時、相沢が声を上げた。
「見てくれ、これ」
彼が手にしていたのは、黒田教授の観測ノートだった。最新のページを開くと、そこには几帳面な字で記録が綴られていた。
『12月10日:金星内合まであと2日。東側の赤道儀の極軸調整が必要』
『12月11日:東側からでないと金星観測は不可能。禁忌より科学を優先すべき』
「赤道儀の極軸調整...」
北村博士が説明を始めた。
「赤道儀は天体の日周運動を追尾する装置です。極軸を天の北極に正確に向けないと、長時間の観測ができません」
「つまり、教授は東側の望遠鏡を使おうとしていた?」
「そうとしか考えられません」
山崎が壁際のロッカーを開けた。中には、古い観測機材が詰まっている。
「これは20年前の機材だ。まだ残っていたのか」
その中から、一冊の手帳が落ちた。表紙には「観測日誌 2004年」と書かれている。
中を開くと、几帳面な字で天体観測の記録が綴られていた。そして、12月12日のページには、赤いインクで大きく×印がつけられている。
『金星観測中止。K(注:おそらく北村博士の恋人)が行方不明。黒田は観測続行を主張』
田中が眉をひそめた。
「これを書いたのは?」
「筆跡から見て、当時の助手でしょう。今はもういませんが」
北村博士の声は、どこか遠くを見ているようだった。
美咲が私の袖を引いた。
「詩織、これ見て」
彼女が指差したのは、観測日誌の最後のページだった。そこには、震えるような字で一文が記されていた。
『黒田は人殺しだ』
その瞬間、部屋の照明が一瞬点滅した。非常用電源に切り替わったのだ。
「停電?」
「いや、メインの電源系統に問題があるようだ」
山崎が配電盤を確認しに行った。
残された私たちは、お互いの顔を見合わせた。誰もが同じことを考えていた。
黒田教授の死は、事故ではない。これは復讐なのだ。
でも、まだ終わっていない。
私にはわかっていた。これは序章に過ぎないことが。
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