日当たりが良く、長閑(のどか)でもダメな時

戸部アンソン

山口 マンゴ(初回取材時49歳)


―「日当たりが良く、長閑(のどか)でもダメな時」―



 仕事も人にも恵まれていた。「庭手入れ代行事業」はうまくいっていた。それなのに急に失速して仕事ができなくなった。

起業して12年。うつ病と診断された。

 

 季節が変わる時期、春、新築が増える時期は、仕事が入るが職人さんたちも増える。ご家庭の庭を専門で手入れすることができる植木屋は、さほど多くないため、予約を断ることもあった。近年は、温度上昇が原因で植物がいたむこともあるが、課金して自宅の庭を手入れする人たちは、自然の現象を素直に受け入れがちだと思う。


 自分の会社なので、ゆっくり考える時間もあった。週1は知り合いがやっている居酒屋のカウンターでビールを飲む時間もあった。

もともと、植物の生態系に興味がありエアープランツが市場に出始めた頃、「トリコーム」の不思議にはまった。エアプランツだけではなく、トマトなどバリア機能も併せ持つ「トリコーム」を植物が持つ限り、生き残る、強い世界であろうと想像し、植物をビジネスとして考えた。

 ベストコンディションの植物が自宅にあることの安定感。季節ごと、庭全体を再構築しなおす、そこにニーズがあった。植物好きの自分には、願ってもない仕事だと感じていた。


好きなことを仕事にできて良いね。

仕事が忙しいなんて景気が良いね。


本当にそうだと感じていた。


 自然が相手なので、気温変化による病虫害の発生、想定外の薬剤効果などアクシデントはつきものだが、壊滅的な被害を受けるほどのことはない。

「トリコーム」以外でも、葉っぱがしおれたり黄変したり、見栄えが多少悪くなっても、完全に枯れてしまうことは少ない。跡形もなくなることは、自然界隈では、あまり起きないと思っている。

 見栄えが良くないとか、レイアウトを変えたいとか施主の希望で植物を移動させたら、種が落ちていたり、小さく発芽していることを見るたび、植物を根絶やしにすることは難しいと思う。

そんな自然界の力を感じながらも、自分のエネルギーが消耗していく「うつ」期間があった。

運転資金3か月分を6か月の休業に充てよう。

そう考えながら、多摩川沿いを歩いていた。


水草に目がいく、流れにまかせて生きて繁殖している。

太く、細く、ちぎれても生き延びる。

繁茂している植物を季節が変わったことで根こそぎ掘り返して廃棄することに心がダメージを受けていたのではないかと思った。試しに客に説明し、見栄えは悪いが根は残しておくことを提案してみた。

誰もとがめない。むしろそんなことをしていたことも知らない。おまかせだった。

根だけになって地下で生き延びる植物を、見栄えが悪かろうと思っていたのは自分だけだったのかもしれない。

季節が過ぎれば再生し、柔らかな黄緑色が出てくる。



枯れない植物


徐々に自分の体調も回復していくような気がしてきた。仕事をすこしずつもどしながら庭を丁寧に手入れする業者としてやり直しをはかった。仕事を再開したら、変わらず顧客も戻った。


恵まれている。


もうすぐ還暦になる。顧客は薔薇ばかり望んではいない。

規模は小さくても植物がそこにあり、開花した時に微笑む。


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