第四章:137億年前からのメッセージ
絶望の淵にいた私たちに奇跡が起きたのは、その数時間後のことだった。ガンマ線バーストの影響で誰もが観測を諦めていたその時。昴のPCの解析プログラムが一つの異常なシグナルを検出したのだ。
「なんだこれは……」
それは今まで見たこともない規則正しく、そして極めて微弱なパルス信号だった。ノイズの嵐の中から奇跡的に浮かび上がってきた一つの音。
昴の目が見開かれた。
「重力レンズ効果だ……」
彼は呟いた。超新星爆発が放った凄まじい重力波が、私たちの銀河とファーストライトの銀河の間の空間をほんの一瞬だけ歪ませた。そしてその歪んだ時空がまるで巨大なレンズのように働き、今までノイズの中に隠されていたファーストライトの光を増幅して我々の望遠鏡に届けたのだ。
これはアインシュタインの一般相対性理論が予言した現象だった。重い天体の周りでは時空が歪み、光の進路が曲げられる。それを利用して遠い天体を観測する技術が重力レンズ観測だ。
「あり得ない。天文学の歴史上観測されたことのない現象だ……」
モニターに映し出された美しいパルスの波形。それは間違いなく百三十七億年前にこの宇宙で初めて灯った生命の産声だった。昴はついに父が追い求めていた光をその手に掴んだのだ。
だがそのデータを詳しく解析するうちに、さらに驚くべき事実が判明した。そのパルス信号には明らかに人工的なパターンが含まれていたのだ。
「これは……知的生命体からの信号なのか?」
昴の手が震えていた。
フィボナッチ数列、素数、円周率の値。
それらの数学的概念が信号の中に規則正しく配列されていた。これらは宇宙のどこでも共通の普遍的な概念だ。異なる文明同士のコミュニケーションに使われる可能性が高い。
「百三十七億年前に存在した知的生命体が、未来の誰かに向けてメッセージを送った。そしてそれが今この瞬間に僕たちに届いた……」
それは科学的発見を超えた、哲学的な衝撃だった。私たちは宇宙で孤独ではない。遥か昔に存在した知的生命体が時空を超えて私たちにメッセージを送ってくれたのだ。
私は量子もつれの現象を思い出していた。一度相互作用した二つの粒子は、どれだけ離れていても瞬時に影響し合う。アインシュタインはこれを「奇怪な遠隔作用」と呼んで批判したが、現在では実験的に証明されている現象だ。
私たちと百三十七億年前の文明の間にも、そんな神秘的な繋がりがあるのかもしれない。時間と空間を超えた量子もつれのような絆が。
「やった……。やったぞ……!」
昴は歓喜のあまり私を強く強く抱きしめていた。
「君だ。美星さん、君が僕にこの奇跡を運んできてくれたんだ! 君こそが僕の観測史上最も美しい
オーロラのように揺らめく天の川の光の下で。私たちは初めてキスを交わした。それは百三十七億年の時を超えて二つの孤独な魂がようやく巡り会えた瞬間だった。
そのキスの瞬間、私は不思議な感覚に襲われた。
まるで宇宙の全ての星々が私たちの愛を祝福しているかのように、星空全体が優しく瞬いて見えた。科学者は錯覚と言うかもしれない。でも私にはその瞬間、宇宙全体が生きた存在として私たちを見守っているように感じられた。
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