第13話【第二王子リチャード視点】聖女の観察と甘い毒
白亜宮の一室で、俺はついに、噂の『現代の聖女』と対面した。
セレスフィア・フォン・リンドヴルム。貴族社会での影響力を失ったとはいえ、その深い青色の瞳は、貴族令嬢としての気高さと、強い意志を宿していた。これは、甘い言葉で簡単に手懐けられる相手ではなさそうだ。
そして、彼女が抱く青いスライム。あれがグリフォンを従えているのか。その姿に威厳も神聖さも皆無だ。
「さて、これは私からの、ささやかな歓迎の印だ。聖獣様にも、お口に合えば良いのだが」
俺は合図をし、侍従に運ばせた銀の皿を差し出した。皿の上には、宮廷魔術師団に作らせた特製の砂糖菓子が、宝石のように輝いている。あれは、宰相オルダスが「人心掌握の秘薬でございます」と不気味な笑みで献上してきた、特殊な魅了の呪いを込めている。込められた魔力はごく微弱だが、口にした者の心を、術者に対して極めて好意的に、そして従順にする効果がある。
まずは、この無垢な怪物を俺の手駒とする。
セレスフィアは、菓子から放たれる微弱な魔力を即座に感じ取ったのだろう。彼女は血相を変え、「ポヨン様、いけません!」と、制止の声を上げようとした。
だが、遅い。
彼女の声がかかるよりも早く、青いスライムは皿に飛びつき、実に美味そうに菓子を全て平らげてしまった。
菓子を食べ終えたスライムは、甘えるようにその体をくねらせながら、俺の足元にすり寄ってくるではないか。
よし、かかったな。魅了の呪いは、完璧に効いている。
「良い子だ。気に入ってくれたようだな」
俺がその頭を優しく撫でると、スライムは心地よさそうにぷるぷると体を揺らした。完璧だ。
スライムを完全に手懐けたところで、俺はセレスフィアに向き直った。
「セレスフィア嬢。単刀直入に言おう。俺は、この国の王になる。病床の父上に代わり、摂政として実権を握る姉上と、その背後で軍部を牛耳るヴァルキュリア公爵。あの者たちが国を私物化するのを、これ以上黙って見ているつもりはない」
俺の野心を隠さぬ言葉に、彼女は息を呑んだ。
「君たちには、私にも姉上にもない、最大の切り札がある。神獣グリフォンだ。…ところで、一つ聞きたい。なぜ、あの誇り高き神獣が、このスライムに懐いているのだ?」
「……私にも、全てを理解しているわけではございません。ただ、ポヨン様には、あらゆる存在を惹きつける、不思議で、純粋な力があるようです。グリフォンも、その聖なる力に導かれたのではないかと」
「聖なる力、か。ならば、その神の御加護は、次代の王たるこの俺にこそ与えられるべきだ。セレスフィア嬢、私に協力し、その力を貸してくれ。さすれば、リンドヴルム家の名誉回復も、この私が約束しよう」
聖獣が俺に懐いている今、彼女に否やはないはずだ。
案の定、セレスフィアはしばし逡巡した後、深く、恭しく頭を下げた。
「……王子殿下の寛大なるお申し出、謹んでお受けいたします。この身も、この子の力も、全ては殿下のために」
その声は震えていたが、それは恐怖か、あるいは感激か。いずれにせよ、これで聖女と聖獣、そして神獣の全てを手駒にできた。
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