第14話【セレスフィア視点】賓客という名の鳥かご

リチャード王子が、満足げな笑みを浮かべて退出した後、豪華すぎるほどの賓客の間に、絶望的な沈黙が落ちた。

私の心臓は、今もなお、冷たい恐怖で激しく脈打っていた。


「セレスフィア様、王子殿下は……」

カシウスが、低い声で言った。その声には、明らかな警戒心が滲んでいる。だが、彼は騎士として、相手が王族である以上、決して非礼な言葉は口にしない。その実直さが、今の私には少しだけもどかしかった。


「ええ、わかっています、カシウス。あの王子は、王位への野心を隠そうともしない、危険な方です。それなのに、私は……」

私は、唇を強く噛み締めた。自分の失態に、全身の血の気が引く思いだった。

王子が差し出した砂糖菓子。あれから感じた、何か不快で甘美な魔力。私は、それに気づき、咄嗟にポヨン様を制止しようとした。

だが、私の声よりも、あの子の純粋な食欲の方が、遥かに速かった。

なんてことを……! あの子の無邪気さが、仇になるとは……!


ポヨン様は、私の制止が間に合う前に、王子に差し出された毒菓子を、全て平らげてしまったのだ。

王子が退出した後、私はすぐさまポヨン様を抱き上げ、そのお体に異常がないか隅々まで確認した。だが、魔力の乱れも、体調の変化も見られない。変わった様子は、微塵も感じられなかった。クッションの山でいつも通り無邪気に跳ね回るその姿を見て、私はある可能性に思い至り、背筋が凍るのを感じた。


「まさか……あの魔力そのものを、食べた……?」

魔力を栄養として吸収し、無力化したとでもいうの……?


「しかし、セレスフィア様。王子は、ポヨン様がご自身に懐いたと、完全に信じ込んだご様子でした」

カシウスの言葉に、私ははっとした。そうだ。王子が見たのは、美味しいお菓子をくれた相手に、ただ無邪気に懐くポヨン様の姿。彼は、それをお菓子の効果が成功した結果だと、勘違いしている。

そして、その勘違いを確信した彼は、私に王位への協力を持ちかけてきた。


「……あの協力の申し出、表向きは受け入れました。今は、彼の庇護という名の鳥かごに入るしか、手はありません。」


私は、カシウスに向き直り、静かに、しかし強い意志を込めて言った。

「ですが、これは偽りの同盟です。王子は、私たちを手駒にしたつもりで油断している。その油断こそが、私たちの武器となるのです」


その時、父からの教えが、脳裏に浮かんできた。

『窮地に陥った際は、己が手札を冷静に見極めよ。そして、敵が作りし盤上で踊るのではなく、自ら盤を揺るがす一手を探せ』


そうだ。このまま王子の鳥かごに留まれば、私たちは彼の駒として使い潰されるだけ。彼の庇護は公爵からの盾にはなるが、同時に私たちの首を絞める鎖でもある。この膠着状態を破るには、盤そのものを動かすしかない。

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