第二話 2030年、夢は現実化する

「ミズナさん、聞いてくださいよ。こんど私たちの商店街にマンションが建ってしまうんですよ。」


「ほんとですか? そんな土地、ありましたっけ。」


「90代のお爺さんがやっていたお店が、とうとう閉店になって、その土地を返すことになったんですよ。そうしたら、その地主さんが周辺の空き地も広く持っていたんで、大きな土地がいっぺんに空くことになっちゃったんだよ。」


「マンションになるって、正式に商店街振興組合に通知とかあったんですか?」


「まだ、決まったわけじゃないと思うんだけどさ。こないだびっくりしたのは、居酒屋の大将に、マンションの噂を聞いてるかって尋ねたら、それはぼくから聞いたって言うんだよね。そんなにあちこちでしゃべってるのかな——。」


「もしかして、噂を広めちゃっているのは、カブ理事、あなた自身かもしれませんよ。」


「まじか——。」


「どうせ広めるなら、こうなってほしいという話にしましょうよ。カブさん、ほんとはどうなってほしいんですか?」


「そりゃ、地元の野菜が集まってくる市場みたいになったらいいよね。そしてその周りには、その市場の野菜を使ったカフェやレストランが集まっていて、ここに来れば地元自慢の賀茂なすやトマト、冬になればすぐきの漬物なんかを使った料理が食べられる。そんなハブになってくれたら最高だよね。」


「じゃ、そっちのアイデアをあちこちで言いふらしましょうよ。」


「よし、商店街にマーケットができるといいな、という話を飲むたびに話そう。それにしても、ミズナさんと毎月、満月の日に飲むという満月会、続けてきてほんとうによかったな。もう一年になりますかね。」


「カブさんと飲むのは楽しいですよ。そういえば、こないだご紹介したエビイモ課長、なにかコラボレーション始まりそうですか?」


「それねー、もやもやしてるんだよね。こっちはなんでも協力するぞって気持ちで待ってるんだけど、エビイモさん、何も言って来ないんだよね。」


「何していいか分かんないんですよね。まちづくりは市民が中心だからって、行政の人が言うの聞くたびに、もやっとしますよね。」



💬🤝💬✨💭↔️💭✨💬🤝💬



「エビイモ局長、来週のまちづくりシンポジウムで洛北マーケットの事例を話そうと思うんだけどさ、資料、アップデートしてもらえるかな。洛北マーケットはどんどん面白い動きがあるから、ついていくのがたいへんだよ。」


「ナス市長、ありがとうございます。今月の洛北マーケットでは、新大宮商店街から始まった市場づくりが、とうとう、南は西陣、北は岩倉までつながって、ローカルマーケットの数も、50箇所を超えることになりそうです。」


「まさかここまでになるとはね。エビイモくんが、当時は区役所の課長だったかな、商店街を市場にしましょう!って、ぼくのところに乗り込んできたときのこと、いまでも忘れないよ。誰が暴れてるのか、と思ったからね。」


「ほんとうに申し訳ありませんでした。あのときナス市長が、話を聴こうって言ってくださらなかったら、私はクビになってたかもしれません。2030年の景色を観てきたんだ、なんて話をよく聴いてくださいましたよね!」


「は、は、は。実はね、2030年の夢の話というのを聞いたのは、あれが初めてじゃなかったんだよ。ミズナさん、知ってるよね。彼がおんなじこと、ぼくに言ってきてね。2030年から来たって。エビイモくんが飛び込んでくる3日前だったかな。ミズナさんの話も半信半疑だったんだけど、エビイモくんの話を聴いて、ミズナさんの話も信じることにしたんだよ。」


「え、そうだったんですね。ということは、3つのゼロ政策を打ち出したのは、それがきっかけですか——?今まで一言もありませんでしたね。」


「そうなんだよ。二人の夢を信じなかったら、いまの京都はなかったよ。私の二期目もね。夢を信じて政策にしたなんてバレたら、誰も私の話を信じなくなるでしょ。だから、君にも黙っていたんだよ。」


「市長が信じてくださり、本気で提案を実現してくださったからです。夢はあくまでも夢に過ぎません。信じて動ける人が、素晴らしいんだと思います。」


「そういう意味では、エビイモ局長こそ、自分の夢を本気で信じて動いたね。洛北のすべての商店街をマーケットにしよう、すべての神社からつながる道を表参道として復活させて商店街を町中に広げようって。当時の局長も部長も、そんなの無理だよって反対したよな。」


「あのあと、びっくりしました。二人とも急に異動させられてしまって、市長の権限、こわって思いました。」


「やる気のある人の邪魔は良くないからね。」


「そのあと区長経験の長いキュウリさんが局長になって、初めて市役所ってなんでもできるんだって知りました。キュウリさんは四人の子育てしながら区長をされていたスーパーウーマンでしたから、地域の方たちからの信頼がずば抜けてました。私の妄想のようなアイデアをどうやって実現するか、論理的に整理して、ステークホルダーのところにどんどん会いに行かれて。キュウリさんとの仕事がなければ、今の私はありません。」


「ちょうど私の打ち出していた政策との相性も良かったよな。サードプレイス、コミュニティ、女性リーダー。すべてに、ぴたっとはまった。」


「まさか、ローカルマーケット振興条例、表参道振興条例が半年で成立するとは思いませんでした。さらに、それに応えて地域の女性リーダーたちが次々と立ち上がってくださるとは、まったく予想していませんでした。市役所のカルチャーが変わると、市民リーダーにも影響があるんですね。」


「こんどの洛北マーケットには、ミズナさんも関わってるの?」


「はい、もちろんです。彼は自宅の一部をコミュニティのためのライブラリーカフェにして、そこで近隣の住民がコーヒーを飲めて、家で飲んだコーヒーかすを持ち込んで回収するモデルを作ってます。そのコーヒーかすはごみとして燃やされる代わりに、彼の家の隣の農家さんの畑に戻っていきます。クロマメ夫妻のサーキュラー運動のマイクロモデルになるかもしれません。今回のマーケットでは、コーヒーかすで育てられた野菜を販売すると言ってました。」


「お、その話は面白いね。プレゼン資料に加えといて。それから、ミズナさんのライブラリーカフェ、こんど見に行こう。」



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「カブさん、今年の洛北マーケットも盛り上がりそうですね。ぼくらの満月会、今日で六周年ですよ。よく毎月、飲んできましたね。」


「ほんとに。でも、楽しかったですね、商店街にマーケットができるといいねって、二人で話してると必ず、居合わせた地元のお客さんから、ほんと?それいいね!って話が広がって。」


「それで、なんだか知らないけど、いきなりエビイモさんがやる気になって、今じゃ局長ですよ。」


「分かんないねー。」


「分かんないですね。」


「あ、そろそろ、キュウリさん、来るころだね。」


「キュウリさんも定年退職したんで、これからは満月会にちょこちょこ顔出してくれそうですね。」


「ところで、今年の洛北マーケットもまだなのに、かなり気の早い話なんだけど、来年のマーケットのアイデアがあるんだけど、聴いてくれる?」


「聴きますよー。」


「あ、キュウリさん、いらした——! こっち、こっち!!」



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2030年、真夏の京都の夢 みならいたいわ @kotomirai

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