第二十一話:人類の希望

2045年10月1日

世界樹攻略合同部隊総指揮官・三浦 健

太平洋上・海上中継基地「アーク」司令室


静寂。

司令室の巨大なホログラムモニターに、世界樹の根元から地中深くまで広がる、複雑極まるダンジョンの立体構造図が、青白く浮かび上がっている。各国の軍人、研究者、そして覚醒者部隊のリーダーたちが、息を詰めてその図を見つめていた。


そこへ、総指揮官である三浦 健みうら けんが、静かに入室した。齢四十代後半、その顔には二十八年という歳月の重みが深いシワとなって刻まれているが、その眼光は少しも衰えていない。


彼の脳裏には、炎と黒煙の中で沈んでいった、かつての乗艦「いずも」の光景がよぎる。

あの時は、ただ為すすべもなく、未知の脅威に翻弄されるだけだった。だが、今は違う。人類は力を得て、知恵をつけ、自らの手で脅威に立ち向かおうとしている。彼は、この変化に静かな感慨を覚えていた。


「作戦会議を始める」


三浦 健の一言で、司令室の空気が引き締まった。


各部門のリーダーが、次々と報告を行う。

地質学部門のリーダーが、厳しい表情で口を開いた。


「総指揮官。報告します。世界樹の根は、地球のマントル層にまで達しており、惑星そのものをエネルギー源としている可能性が濃厚です」


続いて生物学部門のリーダーが報告する。


「内部からは、コードSクラス…これまでのどの魔物とも比較にならない、強力な上位種の魔物反応が多数検知されています」


最後に、魂科学部門のリーダーが、震える声で告げた。


「そして、最深部。ここに、黒いモヤの根源と推測される、巨大な魂のエネルギー体が確認できます。同時に…我々が求める『蘇生』や『修復』の根源情報も、そこに集中していると見て間違いありません」


司令室に、緊張と、わずかな希望が入り混じったどよめきが広がる。

三浦 健は、それらの報告を冷静に聞き、分析する。


「攻略は絶望的に困難だ。しかし、成功すれば、我々は全てを取り戻せる」


彼は、ホログラムモニターを睨み据えた。


「これより、世界樹ダンジョン攻略作戦、『プロジェクト・ラグナロク』を発動する。第一段階として、先遣隊による第一階層の威力偵察を行う。目的は、戦闘ではなく、情報の収集だ。絶対に深入りはするな」


後日、海上基地アークの出撃ゲート。

世界樹ダンジョンの第一階層へ挑む、最初の先遣隊が出撃準備を整えていた。覚醒者とバトルスーツ使用者の混成部隊である。隊員たちの顔には、緊張と、歴史的な任務に就くことへの誇りが浮かんでいた。


先遣隊隊長が、部下たちに檄を飛ばす。


「ビビるなよ! 俺たちの後ろには、全人類の希望が繋がってるんだ! 行くぞ!」


「応!」


隊員たちが応える。

司令室の三浦 健は、モニター越しに、彼らに静かに語りかけた。


「諸君は、人類の希望の尖兵だ。繰り返す。生きて情報を持ち帰ることこそが、君たちの最大の任務だ。健闘を祈る」


先遣隊は、世界樹の根元に開いた巨大な洞窟へと、次々と突入していく。

司令室のモニターに、彼らが装着したカメラからの映像が映し出された。内部は、禍々しい植物が発光し、おぞましい魔物たちが蠢く、異様な世界だった。

ザザッ…!

映像が激しく乱れ、隊員たちの悲鳴と、戦闘音が響き渡った。


数時間後、司令室は重い沈黙に包まれていた。

先遣隊は多大な犠牲を出しながらも、第一階層の貴重なデータを持ち帰り、辛うじて帰還した。

モニターには、持ち帰られたデータが表示されている。人類の想像を絶するダンジョンの規模と、魔物の強大さ。この攻略が、数年、あるいは数十年単位の、永い戦いになることを誰もが悟った。


三浦 健は、静かに部下に指示を出す。


「…犠牲者の魂の保護状況を確認。帰還した隊員から、詳細な聴取を行え。そして、第二次攻撃隊の編成案を、明朝までに私のデスクに」


彼の目は、モニターの奥、まだ見ぬダンジョンの最深部を、強く睨み据えていた。


人類の反撃の狼煙は上がった。それは、一つのダンジョンを攻略する戦いではない。地球という惑星そのものに根を張った、巨大な神話との戦いであった。この日から始まった永い戦いの果てに、人類が何を見出すのか、まだ誰も知らなかった。


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