終章:挑戦者たち - The Challengers
第二十話:フィールドボス
2044年6月10日
覚醒者部隊隊長・坂本 健二
東京・対策本部司令室
巨大なモニターに、平和な東京のライブ映像が映し出されていた。人々が日常を送り、街は活気に満ちている。
「平和ボケが極まったな…」
静かな司令室に、彼の呟きが漏れた。
カルマ値システムの導入により社会は安定し、ダンジョン攻略もビジネスとして確立された。人々は、脅威が「管理可能なもの」になったと錯覚し始めていた。
「坂本隊長。ダンジョン深部での黒いモヤのエネルギー値、依然として上昇を続けています。危険水域です」
オペレーターの報告に、坂本 健二は頷く。
「上層部は何と?」
「…『脅威は管理可能』との見解です。経済活動への影響を懸念し、現段階での警報発令は見送ると…」
「嵐の前の静けさだというのに…」
坂本 健二は舌打ちした。彼の経験が、最悪の事態を予感させていた。
その日の正午、予感は現実となった。
突如、都市全体が沈黙に包まれる。ビル街の大型ビジョンがフッと消え、電車が止まり、信号が消えた。大規模な停電。通信も完全に途絶した。
人々が、何事かと空を見上げる。空には、これまで見たこともないほど巨大な黒いモヤの渦が、まるで巨大な蓋のように、都市を覆い尽くしていた。
黒いモヤの渦から、無数の黒い稲妻が走り、地上の高層ビル群に突き刺さる。
ビル群が、まるで生き物のように軋み、変形を始めた。ガラス窓は赤く光る巨大な目に、鉄骨は歪な骨格に、コンクリートは岩のような皮膚へと変わっていく。
ズシン…ズシン…!
地響きと共に、複数の高層ビルが融合した、山のように巨大な岩石ゴーレム、すなわちフィールドボスとして、ゆっくりと立ち上がった。
対策本部は、大パニックに陥っていた。その中で、坂本 健二の冷静な声だけが響き渡る。
「全隊、出動! これは訓練ではない! 全員、覚悟を決めろ!」
街は、地獄絵図と化していた。フィールドボスが腕を一度振り下ろすだけで、ビルの一区画が粉々に砕け散る。
坂本 健二率いる覚醒者部隊と、
「ダメだ! 攻撃が通じない!」
部下の一人が叫んだ。覚醒者たちの放つ炎や氷の魔法は、ボスの巨大な体躯には、まるで豆鉄砲のようだ。バトルスーツ部隊の一斉射撃も、その硬い皮膚をわずかに傷つけるに過ぎない。
「隊長! 白いモヤの反応は!? なぜヒーローは現れないんですか!?」
「ヒーローは来ない! 白いモヤの力は、蘇生システムと、俺たち覚醒者全員に分散されているんだ! 今、この街を守るヒーローは、俺たち自身だ!」
坂本 健二は叫び返した。彼は、ボスの胸の中心で、ひときわ禍々しい光を放つビル、都庁舎の残骸を発見した。
「藤本隊長! アレがコアだ! 全火力を、あのビルに集中させろ!」
無線から、藤本 悟の苦渋に満ちた声が返ってくる。
「了解した! だが、近づくだけで何人死ぬか…!」
「やるしかない! 俺たちが道を開く!」
坂本 健二は、部下たちに指示を出す。
「全隊、俺に続け! 陽動でボスの注意を引きつける! 覚悟を決めろ!」
それは、多くの犠牲を前提とした、非情な決断だった。仲間たちが、次々とボスの攻撃の前に光となって消えていく。
激しい閃光と轟音。
多くの犠牲を払いながらも、覚醒者部隊とバトルスーツ部隊の集中攻撃は、ついにフィールドボスのコアを破壊した。
ゴーレムは動きを止め、断末魔のような軋みを上げながら、元のビルの残骸へと、ガラガラと崩れ落ちていく。
戦いは終わった。しかし、そこに広がっていたのは、勝利の歓声ではなく、静かな絶望だった。
街は完全に破壊され、瓦礫の山と化している。坂本 健二の部隊も、藤本 悟の部隊も、半数近くが戦死していた。
坂本 健二は、瓦礫の山と化した故郷の街を前に、力なく膝をついた。彼の目から、悔し涙が溢れた。
この新宿大崩壊は、人類に、脅威がまだ去っていないこと、そして自分たちの手で未来を勝ち取るしかないという厳しい現実を、改めて突きつけた。
ヒーローに守られる時代は、終わった。この日、人類は多大な犠牲と引き換えに、自らの手で巨大な悪を打ち倒した。その瓦礫の中から生まれたのは、悲しみだけではない。黒いモヤの根源、世界樹へと挑むという、揺るぎない覚悟であった。
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