第十七話:死後の世界

2042年3月15日

覚醒者・佐々木 啓介

政府管轄・特殊研究ラボ


篠原 悠人しのはら ゆうとが、モニターに映し出された複雑な魂の波動グラフを分析している。その隣で、佐々木 啓介ささき けいすけが、目を閉じ、何かに深く集中していた。

三十代半ばの彼は、かつてグリーフカウンセラーとして多くの人々の悲嘆と向き合ってきた。ダンジョン化の初期の混乱で家族を失い、その経験から「死」や「魂」の行方に強い関心を持つようになった覚醒者である。彼の能力は、戦闘向きではなく、残留思念や魂の痕跡といった微弱な精神的波動を感知することに特化していた。


佐々木 啓介が、静かに口を開いた。


「…まただ。ダンジョンで死亡した覚醒者の魂のほとんどは、霧散してエネルギーに還元される。だが、ごく一部…特に、カルマ値の高い者の魂は、まるで何かに『引かれている』かのように、特定の流れに乗って消えていく」


「我々のデータでも、そのエネルギーの流れは確認できています。しかし、その先がどうなっているのかまでは…」


篠原 悠人が答える。

佐々木 啓介は、静かに目を開けた。その目には、深い悲しみと、諦観を許さない強い探究心が宿っている。


「僕の家族も…あの流れに乗って、どこかへ行ったのだろうか…」


カウンセラーとしての冷静な分析と、個人的な悲しみが、彼の探求心を駆り立てていた。


その日の午後、彼はラボの特殊な瞑想室にいた。

リクライニングチェアに座り、頭部に多数のセンサーを装着している。ガラスを隔てたコントロールルームでは、篠原 悠人たちが、彼の脳波やバイタルを厳重にモニタリングしていた。


「啓介さん、準備はいいですか? これは極めて危険な試みです。意識が戻れなくなる可能性も…」


「覚悟の上です。お願いします」


佐々木 啓介の静かな返答に、篠原 悠人は頷いた。

佐々木 啓介は、深く息を吸い、意識を集中させる。彼の覚醒能力が、魂のエネルギーの流れを捉え、それに精神を同調させようと試みる。モニター上の彼の脳波が、激しく乱れた。


「先生、危険です!」


「もう少しだ! 彼を信じろ!」


佐々木 啓介の意識は、現実世界を離れ、光のトンネルのような場所を、猛烈な速度で突き進んでいった。


光のトンネルを抜けた先。

そこは、広大で、静謐で、温かい光に満ちた空間だった。全てが白いモヤの純粋なエネルギーで構成された、神聖ささえ感じる場所。

ここは…なんだ…? 悲しみも、苦しみも、何もない…ただ、安らかなだけだ…。

その空間には、無数の光の球、すなわち「魂」が、まるで星々のように漂っている。それらは傷つくことなく、深い眠りについているかのように、穏やかに輝いていた。


彼は、魂たちの輝きに、それぞれ違いがあることに気づいた。

ひときわ強く、清らかな光を放つ魂。

弱々しく、くすんだ光を放つ魂。

生前のカルマ値が、ここでも魂の状態に影響を与えているのだと、彼は直感した。

まるで…魂が選別され、管理されているかのようだ…。


その時、彼は無数の魂の中に、ひときわ懐かしく、愛おしい気配を感じ取った。彼は、引き寄せられるように、その光の球へと近づいていく。

それは、彼がダンジョンの混乱で失ったはずの、幼い娘の魂だった。娘は、ここで、安らかに「保護」されていた。

あ…あぁ…! よかった…無事だったんだな…!

現実世界の彼の頬を、一筋の涙が伝う。モニターを見ていた篠原 悠人たちが、息を呑んだ。

死は、終わりではなかった。


「限界だ! 意識を引き戻せ!」


篠原 悠人の声が響く。研究員たちの操作で、佐々木 啓介の意識は、現実世界へと強制的に引き戻された。彼は、激しく咳き込みながら、チェアの上で目を覚ます。疲労困憊だが、その目には確かな光が宿っていた。


篠原 悠人が、瞑想室に駆け込んでくる。


「啓介さん! 大丈夫か! 何が見えた!?」


佐々木 啓介は、涙を流しながら、しかしはっきりとした口調で語り始めた。


「ありました…篠原さん。死後の世界は、本当に…。魂は、白いモヤに守られて、眠っているだけなんです。僕の娘も…そこに…」


その言葉に、篠原 悠人たち研究者は震撼した。これは、人類が死者を蘇生させられる可能性を、科学的に裏付ける、最初の証言となったのだ。

佐々木 啓介は、自らの能力が、人類に失われた命を取り戻す希望を与えるための「鍵」であったことを、静かに自覚していた。


死は眠りであり、魂は還る場所を知っていた。一人の男の悲しみが、人類最大の希望の扉を開いた。だが、神の領域を垣間見た人類は、やがて問われることになる。死者の眠りを妨げ、再び現世に呼び戻すことは、果たして本当に「善きこと」なのだろうか、と。

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