第十五話:魂の科学
2040年1月20日
覚醒者・篠原 悠人
政府管轄・特殊研究ラボ
白を基調とした、清潔で近代的な研究室。ガラスケースの中には、様々な色や形の魔石や、魔物の素材が厳重に保管されていた。最新鋭の解析装置が、静かに、そして絶え間なく稼働している。
元生物学者である
助手の女性研究員が、彼に報告する。
「篠原先生。サンプルB-7の魔石から、また人間の『恐怖』の感情と酷似したエネルギーパターンが検出されました」
「やはりか…。まるで、この石が、魔物が死ぬ間際の感情を“記憶”しているかのようだ。これは単なるエネルギーの塊じゃない。情報の結晶体だ」
篠原 悠人は、この未知の物質に、生命の根源に繋がる秘密が隠されていると確信し、研究に没頭していた。
その日の午後、彼はラボのデータ解析室にこもっていた。
特殊なヘッドセットを装着し、目を閉じる。彼の前には、ホログラムで、ある検体のDNA情報と、それとは別に観測された未知のエネルギーパターンが表示されていた。
「解析対象は、コードネーム『ケンジ』。生前に数々の悪行を重ね、モンスター化したとされる覚醒者の遺細胞です」
助手の声が、室内に響く。
「…見えた。なんだ、この澱んだパターンは…他の検体とは明らかに違う。不規則で、自己破壊的なノイズが多い」
篠原 悠人は、この異常なパターンを、魂の善悪の傾向を示す指標として「カルマ値」と仮説を立てた。
「彼の生前の犯罪記録と、このパターンの変動を時系列で照合してくれ。何か、相関関係があるはずだ」
助手が高速でキーボードを操作する。モニターに、ケンジの犯罪履歴と、カルマ値のグラフが並べて表示された。彼が悪行を重ねるたびに、カルマ値のグラフが恐ろしいほど正確に下降していく。
篠原 悠人は、ヘッドセットを外し、椅子に深くもたれかかった。
「嘘だろ…善悪が、数値化できるというのか…?」
科学者としての常識が、音を立てて崩れていく。これは神の領域への冒涜か、それとも新たな真理の発見か。彼は、興奮と畏怖に震えていた。
この驚くべき仮説を立証するため、後日、篠原 悠人は街へ出た。
彼は、一見するとスマートグラスにしか見えない、ポータブル式の魂スキャン装置を装着していた。彼の視界には、道行く人々の姿に重ねて、リアルタイムで解析されたカルマ値が、色と数値で表示されている。
横断歩道で、お年寄りの荷物を持ってあげる青年。その姿は、温かい青色のオーラ、カルマ値プラス85.4に包まれる。
公園のベンチで、電話の相手を巧みに騙している詐欺師らしき男。その姿は、濁った赤黒いオーラ、カルマ値マイナス72.9に包まれている。
魂の清濁が、リアルタイムで客観的な数値として可視化されていく。彼の仮説は、揺るぎない確信へと変わっていた。
これが公になれば、世界はどうなる…? 裁判、就職、結婚…あらゆる人間関係の基盤が、根底から変わってしまう…。
彼は、この発見がもたらす計り知れない影響の重さに、身がすくむ思いがした。
夕暮れ時、ラボに戻った篠原 悠人は、夕焼けに染まる窓の外を見ながら、報告書の最終稿を仕上げていた。
これは、パンドラの箱だ。開ければ、きっと計り知れない混乱が起きる。彼はそう認識していた。
しかし、彼はペンを置くと、静かに呟いた。
「それでも、真実は公表されなければならない。我々人類が、次のステージに進むために」
科学者としての探究心と、真実を公表すべきだという使命感が、彼の決意を固めさせていた。
彼の報告は、この後、政府上層部と研究機関を震撼させることになる。厳重な情報統制が敷かれるが、この事実はやがて隠しきれないものとして、世界に広まっていくのだ。
篠原 悠人は、自らが人類の歴史を永遠に変える扉を開けてしまったことを自覚しながら、静かに夜景を見つめていた。
魂に値段がつけられる時代が来た。いや、値札が可視化されただけなのかもしれない。篠原 悠人が開けたパンドラの箱から飛び出した「カルマ」という真実は、人類に透明な社会という希望と、見えざる倫理という新たな
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