第十四話:規格外の少年
2038年7月5日
特異点覚醒者・ユウキ
洞窟型ダンジョン
薄暗いダンジョンの中を、ユウキたちのチームが進んでいた。前方から現れたゴブリンの群れと、戦闘が開始される。
「よし、いつも通り散開! 稼ぎ時だぞ、お前ら!」
先輩隊員の号令で、隊員たちは手慣れた様子でゴブリンを討伐していく。ユウキも、同期のアキラと背中を合わせ、俊敏な動きでゴブリンを斬り伏せる。戦闘能力は、他の隊員と何ら遜色ない。
戦闘が終わり、隊員たちが戦利品を回収し始めた。
アキラが、声を弾ませる。
「よっしゃ! 今日は魔石の出がいいな! ユウキ、お前はどうだ?」
ユウキは、自分が倒したゴブリンが消滅した場所を、忌々しげにブーツのつま先で蹴飛ばした。そこには、何も落ちていない。
「…ゼロだ。今日もな」
「マジかよ…運わりいな、お前。社長に言って、お祓いでもしてもらえよ」
先輩隊員が、呆れたように言った。
「おいユウキ、また手ぶらか。そんなんじゃ給料にならねえぞ。少しはチームに貢献しろよな」
ユウキは、仲間たちの憐れみや嘲笑が混じった視線に耐えながら、唇を噛んだ。一攫千金を夢見てこの会社に入ったというのに、彼は「稼げない落ちこぼれ」という、不名誉な烙印を押されていた。
チームがダンジョンの奥へと進むにつれ、出現する魔物はより強力なゴブリン・ソルジャーへと変わっていく。隊員たちの動きに、徐々に疲労の色が見え始めた。
「はぁ…はぁ…キリがねえな…」
アキラが弱音を吐く。
しかし、ユウキは自分の体に起きている奇妙な変化に気づいていた。戦えば戦うほど、疲れるどころか、逆に力がみなぎってくるのだ。振るう剣の速度が、朝イチの戦闘とは別人のように速く、鋭くなっている。
最初はアドレナリンのせいかと思っていたが、その成長は明らかに異常だった。
先輩隊員が、ユウキの動きを見て目を見張った。
「おい、ユウキ。お前の動き、さっきと全然違うぞ。バテるどころか、キレが増してやがる。まるで…戦闘中にレベルアップしてるみたいだ」
「レベルアップ…?」
その言葉に、ユウキはハッとした。アイテムが出ない代わりに、魔物を倒した経験値が、全て自分自身のステータスに直接還元されているのではないか? 自分の異常な成長速度の正体に、彼は気づき始めた。
広間のような空間に出た。その奥に、通常のゴブリンより一回り大きい、屈強なホブゴブリンが、巨大な棍棒を構えて待ち受けている。
「チッ、当たりだ。全員、気を引き締めろ!」
戦闘が始まった。ホブゴブリンの一撃は、重く、速い。盾役のベテラン隊員が、棍棒の一撃で弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「田中さん!」
チームの陣形が崩れ、窮地に陥る。
その時、ユウキが前に出た。
「ユウキ、馬鹿野郎! 下がれ!」
「俺にやらせてください!」
ユウキは、これまでの戦闘で異常な成長を遂げていた。彼の動きは、仲間たちの目にも、明らかに超人的に映る。ホブゴブリンの猛烈な棍棒の薙ぎ払いを、紙一重で屈んでかわし、その懐に潜り込んだ。
アキラが息を呑む。
「速え…!」
ユウキは、渾身の力を込めた剣を、ホブゴブリンの無防備な腹部に突き立てた。
グシャッ、とおぞましい音が響く。
ホブゴブリンは、苦悶の叫びを上げ、その巨体をゆっくりと傾かせ、黒いモヤとなって消滅した。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
ユウキは、剣を杖代わりにその場に膝をついた。仲間たちが、信じられないものを見る目で、彼を取り囲んでいた。
俺は…落ちこぼれじゃない…!
自らの力が仲間を救ったことに、彼は強烈な高揚感を覚えていた。
後日、社長室で、
「アイテムドロップなし、経験値全自己還元…ねえ。なるほどな、そういう『役割』か」
「役割…ですか?」
「ああ。お前はアイテムで稼ぐことはできん。だが、誰よりも早く強くなれる。それは、金じゃ買えねえ、とんでもない才能だ」
ユウキは、黙って木下 剛の言葉を聞いていた。
「お前には、今後、高難易度ダンジョンの先行調査や、新人育成の牽引役を任せる。報酬は、他のチームメンバーから戦利品の一部を現物支給してもらう形で調整する。文句はねえな?」
「…ありません。それが、俺の役割なら」
ユウキの顔には、もう劣等感の影はなかった。彼は、チームに不可欠な「規格外のエース」として、自らの道を切り開いていく覚悟を決めていた。
白いモヤがもたらした覚醒は、全ての人間に平等ではなかった。それは、まるで壮大なゲームのように、個々に異なる役割と制約を与えるものだった。この日、一人の少年が自覚した特異点という力は、人類がこの世界の複雑なルールを解き明かす、新たな一歩となったのである。
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