第十三話:攻略時代の幕開け
2038年4月1日
新米覚醒者・タケル
ダンジョン攻略会社「フロンティア・ガーディアンズ」
改装されたばかりの、簡素だが活気のあるオフィス。壁には「安全第一・完全攻略」という、建設会社のスローガンを捩ったような言葉が掲げられている。
社長の
「いいか、よく聞け。お前らが昨日まで何をしてたか、俺は興味ねえ。だが、今日からお前らはただの荒くれ者じゃねえ。この世界を守る、日本初の『プロフェッショナル』だ。誇りを持て! そして、絶対に死ぬな! 以上だ!」
木下 剛の短い訓示に、タケルは背筋を伸ばした。これまでの無為な日々とは違う、何か大きなことの一部になれるかもしれない。自分のこの得体の知れない力が、誰かの役に立つかもしれない。彼の胸に、漠然とした使命感が芽生えた。
数週間後、改装された広大な工場を訓練施設として、タケルたちは厳しい訓練を受けていた。それは、単なる体力づくりではない。
「力を過信するな! 覚醒したからって、お前らは無敵じゃない! 連携を意識しろ! 仲間が死んだら、お前らも死ぬんだぞ!」
先輩隊員の檄が飛ぶ。タケルは汗だくになりながら、同期と組んで体術の訓練に励んでいた。覚醒した身体能力を制御し、効率的に使うための格闘術。剣や槍といった簡易的な武器の扱い。そして、何よりも重要視されたのが、仲間との連携だった。個々の力を過信せず、チームで脅威にあたるためのフォーメーションや合図を、体に叩き込まれる。タケルは、訓練の厳しさに音を上げそうになりながらも、フリーターだった頃にはなかった「仲間」との連帯感を感じていた。
そして、初任務の日が来た。
都市郊外に発見された、比較的小規模な洞窟型ダンジョンの入り口。周囲は自衛隊によって封鎖され、物々しい雰囲気が漂っている。先輩隊員に率いられたタケルのチームが、装備を最終チェックしていた。
「タケル、ビビってんのか?」
「いえ、別に…武者震いです」
強がって答えたが、心臓は早鐘のように鳴っていた。
「ハッ、威勢がいいな。いいか、中は訓練とは違う。何があっても俺の指示に従え。絶対に一人で突っ込むな。分かったな?」
「はい!」
チームは、暗く、湿った洞窟の中へと足を踏み入れた。ひんやりとした空気、滴る水の音、そして、遠くから聞こえるゴブリンの不気味な唸り声。本物の「死」の気配に、タケルの全身が強張った。
通路の先から、松明の明かりに照らされて、数体のゴブリンが姿を現した。目が爛々と光り、棍棒を手にしている。
「来たぞ! 訓練通り、フォーメーションB!」
先輩隊員の冷静な指示が飛ぶ。チームは即座に盾役を前にした陣形を組んだ。タケルの前に、一体のゴブリンが奇声を上げて迫ってくる。
「ギギィィィッ!」
恐怖で足がすくみ、頭が真っ白になる。
「タケル! 何やってる!」
先輩隊員の声に、タケルはハッと我に返った。訓練で体に叩き込まれた動きが、反射的に彼を動かす。
「うおおおおおっ!」
彼は、叫び声と共に、支給された短剣を抜き放ち、ゴブリンに斬りかかった。覚醒した力が乗り、短剣はゴブリンの体をたやすく切り裂いた。
ゴブリンは、断末魔の悲鳴を上げ、黒いモヤとなって消滅する。その場に、キラリと光る小さな魔石が転がった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
荒い息を吐きながら、彼は自身の手を見つめる。短剣に残る、生々しい手応え。
やった…俺が…倒したのか…?
恐怖を乗り越えた達成感と、命を奪ったという現実の手触りに、彼の心は激しく揺さぶられた。先輩隊員が、彼の肩をポンと叩く。
「よくやった、新米。だが、感傷に浸るのは後だ。まだ来るぞ!」
タケルのチームは、数名の軽傷者を出したものの、死者を出すことなく任務を完了した。オフィスに戻ると、木下 剛が彼らを出迎えた。
「ご苦労だったな。よくやった」
木下 剛は、タケルの顔をじっと見た。彼の顔からは、入社初日の不安げな表情は消え、疲労の中にも確かな自信が浮かんでいる。
「タケル。お前らの一歩が、この国の、いや、世界の新しい一歩になる。そのことを、絶対に忘れるな」
「はい!」
タケルは、ポケットから、自分が初めて手に入れた魔石を取り出し、固く握りしめた。この日、彼は初めての給料を受け取った。それは、彼が自らの力で稼いだ、初めての金だった。彼は、この仕事が、世界を守ると同時に、自らの人生を切り開く道でもあることを確信した。
恐怖は、いつしかリスクに変わった。脅威は、やがて資源となった。人類がダンジョンを「仕事」として攻略し始めたこの日、世界の形はまた一つ、大きくその姿を変えた。それは、新たなる産業の、そして新たなる英雄たちの時代の夜明けであった。
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