19話 エミリ・レンガーデン


 その後、午後の講義を無事に終え、放課後となった。

 結局、机の中に入っていた弁当には手をつけずそのままだ。

 ただ、食べないにしても、弁当をそのまま机の中に入れておくわけにもいかないので、ロミオと相談して持って帰ることにした。

 中身は家で処理して、弁当箱は洗って後日返そう。

 まあ、誰に返せばいいのか、わからないが……

 いや、ほんと名乗り出てきてくれよ差出人!


 まあ、それはさておき―

 今日は、昼休みのマクルドとの一件後も、レイラ教官から呼び出しを食らうことはなかった。

 あの人の耳に入っておきながら、何事もなく終わるはずがない。

 だが思い返すと、今日は朝からレイラ教官の姿を見ていない気がする。

 俺は隣のロミオへ話しかけた。


 「ロミオ、今日はレイラ教官はいなのか?」


 「そういえば、見ていないね……」


 「だよな……体調不良か」


 いや、あの人が体調を崩して寝込んでいる姿なんて想像できない。

 ロミオは考えるように顎に手を置いて口を開いた。


 「レイラ教官は理事長の代理人でもあるから……もしかしたら他国の学校へ出張に行っているのかもしれないよ」


 「理事長の代理人? あの人はそんなもんまで担っていたのか」


 「うん、実際には理事長はほとんど学校にいないから、事実上はレイラ教官が理事長を務めているようなものだけどね」


 ってことは実質、あの人がこの学校を牛耳っているということか。

 ……怖すぎる。


 「な、なるほどな……まあでも、特級騎士の理事長の代理を任されるってことは……あの人は相当の実力なんだな」


 「そうだね。理事長が火ノ隊の隊長を務めていた時に、レイラ教官は火ノ隊の副隊長だったらしいから、その時からの信頼関係もあるんだろうけどね」


 「そ、そうなのか。元火ノ隊、副隊長……」


 俺の脳内に副隊長のレイラ教官の姿が目に浮かんだ。

 やはり、レイラ教官には逆らわないほうがいいな、うん。

 俺の本能がそう叫んでいた。

 どちらにせよ、今日あの人が不在でよかった。

 俺は心の底から安堵した。


 その後、俺たちは教室を出てある場所へ向かった。

 そう、俺たちには上級クラスをパーティーに引き入れるという重要な目的がある。

 そのために、2年の上級クラスがいる場所へ向かっているというわけだ。

 ロミオの話によると2年生の上級クラスは3人いて、

 そのうちの1人は上級魔法師で魔法師生徒会の書記を務めているらしい。

 生徒会メンバーは生徒会業務が忙しいのでパーティーに入ってくれる可能性は限りなくゼロに近い。

 つまり、可能性があるのは、残り2人の上級騎士だ。

 その上級騎士についてだが―


 まず1人目は―カイ・コレクティン。

 1学年後期の昇級試験で上級騎士になった逸材。

 上流階級の貴族で育ちも良く、剣術・勉学ともに優秀な成績を収めているらしい。

 それに、かなりのイケメンだとか。

 まあ、これは余計な情報だったか。


 そして2人目は―エミリ・レンガーデン。

 1学年前期で上級騎士になったいわゆる天才、らしく

 今までの歴史の中で1学年前期で上級騎士になったものはごく少数だとか。

 そして、その剣術の腕はカイよりも上で

 2年ながら、3年を差し置いて学校一の剣術使いと称されているとか。

 

 と、ロミオからそんな話を聞き、俺は少し楽しみであった。

 そして、そんな2人は、放課後ある同じ場所にいるらしい。

 というのも、この学校には剣術指導係という学生の係があり、2年のこの2人は指導係を教官から任されており、放課後は生徒たちに剣術指導をしているそうだ。

 この剣術指導は、剣術の成績が芳しくない学生が対象らしいが、上級騎士からの指導を受けたいが為に、自ら申し出て参加する生徒も多いという。

 俺たちは、そんな2人が剣術指導をしている、校舎とは別棟にある剣術訓練場という場所へ向かったのだった。


 そして訓練場のドアの前に着いた。

 ドア越しから、生徒の掛け声や、木刀と木刀が激しくぶつかりあっている音が外まで聞こえてくる。

 こういう音を聞くと、ワクワクしてしまうのは俺だけか?

 2年の上級騎士、一体どんなやつなんだ。

 俺は隣のロミオへ話しかける。


 「入るか」


 「うん」


 俺は好奇心を胸に秘めドアを開けた。


 「おおお……」


 ドアを開けると、そこにはざっと80人ほどの生徒が、木刀を握りしめ、激しく打ち合っている姿が目に飛び込んできた。

 訓練場もかなり広く、12区画くらいで生徒同士が木刀で打ち合っている。

 ただ、少し様子が違うのは1対1で打ち合っているというわけではなく

 2対2や2対4といった複数人で打ち合いをしているやつらがほとんどだった。

 外から見れば不思議に感じるが、これも訓練の一環なのだろう。


 実戦では決して相手が1人とは限らない。

 特に魔物などは、群れていることがほとんどだ。

 複数人で変則的に打ち合いをするほうが、実践に近くて、より良い訓練になるだろう。

 これは2年の上級騎士が考えた訓練法なのだろうか?

 だとすれば、かなり指導の腕も良さそうだ。

 俺はより期待に胸が膨らんだ。

 そして周りを見渡しロミオへ問いかけた。


 「なあ、ロミオ、2年の上級騎士は―」


 そう言った所で、俺は訓練場の中央で打ち合いをしている、ある女子生徒に目を惹かれた。

 その生徒は1人で、5人の男子生徒を相手取り、打ち合いをしていた。


 そして、5人の男子生徒は同時に、その女子生徒の前方から次々と木刀を振り下ろした。

 だが次の瞬間―

 その女子生徒は、目にも止らぬ速さで振り下ろされた木刀をひらりとかわし、美しい太刀筋で、流れるように5人の生徒を打ちつけた。

 打たれた男子生徒はまるでタイミングでも合わしたかのように、ほぼ同時にその場へうずくまった。

 俺は驚愕した。

 その女子生徒の剣技は俺が今まで見てきた中で最も美しかった。

 まるで戦いの最中、舞を舞っているような……そんな印象だった。

 きっと、相当な鍛錬を積んできたのだろう。

 でなければ、こんなにも美しく流れるような太刀筋は描けない。


 俺は確信した。

 この女子生徒が、学校一の剣術を誇る

 2年の上級騎士―エミリ・レンガーデンだ。

 俺はロミオへ確認する前に、中央へ行き、声をかけた。

 

 「あのー、訓練中に申し訳ないんだが。上級騎士のエミリ・レンガーデン……だよな?」


 女子生徒はこちらへ振り向き口を開く。


 「ああ、そうだが」


 「よかった、実は話が―」


 ブンッ!


 俺の言葉を切るように、エミリは俺に当たらないギリギリの所で木刀を振り下ろし、剣先を俺に向けながら口を開いた。


 「貴様は騎士の道に生きながら、自分から名乗らない無礼者か?」


 エミリはキリッとした面構えでそう言った。

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