夏に出会った私
松ノ枝
夏に出会った私
夏、怪談話で賑わう四季の一つ。
そんな夏に私は私と出会う。
「初めまして」
街中のベンチに一人佇む私の横に誰かが座り、話しかけてくる。
「初めまして」
互いに挨拶を交わす。
隣に座る誰かはアイスを一つ手にしている。二個に分けられるやつだ。
「はい、どうぞ」
と二個に分けたアイス、その片方を差し出してきた。
「ありがとうございます」
私はアイスをありがたく頂く。
「暑いですね」
と話しかけてくる。
「そうですね」
と私は返す。初めましての相手だがどこか知っている気がした。
「私を誰だと思いますか?」
と相手は突如聞いてくる。口元に微笑を浮かべ、こちらの戸惑いを笑っている。
「会った事ありますか?」
微かな既視感から聞いてみる。
「いいえ、会ったことは無いです」
奇妙なことを言う方だ。しかしその言葉に納得している自分がいる。
「では‥」
熱に浮かされた頭が不可思議な解を出そうとする。有り得ないなと思いながらも有り得たら面白いと感じる。
「私ですか?」
「ええ、正解です」
相手の私は答えにたどり着いたことに驚きながら笑う。
「どこから来ました?」
「少し隣の宇宙から」
突飛な返答に私はアイスを頬張り考える。どう言葉を返したものか。
「少しとは?」
相手が頭を悩ませる、そこ聞きますかと言わんばかりの顔を浮かべる。
そんな彼女を横目に私は溶けかけるアイスを舐めている。
「あまり宇宙の位置関係を知らないのです。隣というのは覚えてるのですけど」
一つ隣でも無く、この宇宙から大きく離れた宇宙でも無いので少しなのだと彼女は言う。
「何故あなたは女性なんですか?」
私というからには男性であると思うのだが、別宇宙から来たと宣う私は女性である。
「逆に何故男性だと決め付けるので?」
「私が男だからです」
「どの宇宙でも男であるとは思わないことです」
私は男である、故に多宇宙の私は男である。この論理はどうやら無いらしい。
「暑い…」
アイスは熱で固体から液体へと姿を変え、空には入道雲が見える。遠くの道では蜃気楼がゆらゆらと空気を揺らす。
「そういえばあなたはどこから」
と彼女に問う。いつの間に現れたのか、どう来たのかと気になっていた。
「そうですね…、一緒に行きましょうか?」
彼女はベンチから立ち上がり、アイスのゴミをゴミ箱へと投げ捨てる。ゴミはゆるやかにゴールへ入っていった。
「どこへ?」
私も立ち上がり、彼女についていく。
「別宇宙へ」
彼女はそういい、どこかへと足を進める。
道中、彼女は周りの景色に興味を示した。
「気になりますか、あのお店」
彼女は古びたたこ焼き屋を見つめている。
「ええ、私の宇宙ではもう閉まっているので」
どこか悲しげな表情を浮かべて、彼女は店を通り過ぎようとする。
「では買いますか?こっちに来た記念に」
「…良いのですか?」
財布にはお金も多くある。夏休みなので祖母が遊んできなと多めにくれた。
「構いません、私も食べたいですし」
たこ焼きを注文し、二人で食べながら歩く。
「美味しいですね」
「ええ、こちらのたこ焼きも美味しいです。閉まって二年になりますので久しぶりの味です」
彼女は笑顔を浮かべ、たこ焼きを頬張る。
「あなたは優しいですね」
「そうですか?」
「ええ、少なくとも私より」
「同じ私ですよ?」
「それを言えば性別が違う時点で違う私ともいえます。性格なんかは多宇宙それぞれで違うものですよ」
二人で話しをしながら街を散策する。時には彼女の宇宙であるものがこちらの宇宙に無いこともあった。
「あそこです、あの高架下です」
彼女がそう指さす先には蜃気楼が出来た高架下があった。
「あそこから来たんですか?」
「ええ、あの蜃気楼から来ました」
蜃気楼からといわれてもすんなり納得は出来なかった。
「でも蜃気楼ですよ?」
「ただの蜃気楼じゃありません」
と彼女は蜃気楼に向かって走り出す。それに着いていこうと私も走る。
蜃気楼の見えた場所へと彼女がたどり着くと彼女は姿を消した。
「こっちです」
と困惑する私に声を掛ける姿なき彼女。声のする方に向かうと視界が歪んだ。
「この蜃気楼は夏にしか出ない珍しいもので、時空間を歪めるのです」
「そんなものがあると色々出来そうですね」
時空間蜃気楼、夢が広がる現象だ。過去にも行けるかもしれないなと思うと面白い。
「そんなに便利じゃないですよ、時間的には夏の間しか多宇宙を移動できませんし、性質上互いの宇宙の夏限定です。滅多に起こらない現象ですしね」
彼女の説明に少し夢が崩れた気がした。
「ロマンないですね」
「ええ、ロマンは無いです」
彼女の宇宙はあまり私の宇宙と違いは無く、空飛ぶ車も未来的ロマンも無かった。
「あまり変わらないですね、こっち」
「ええ、変わらないでしょう、あちらと」
しかし違わないのは街の景色だけ、人の数は段違いであった。
「なんでここまで人が居ないので?」
人はほとんど見当たらず、居ても犬の散歩をするお爺ちゃん位だ。
「こちらの宇宙の夏も真っ盛りでね、季節的にもエントロピー的にも」
最高気温を迎え、例年稀にみる猛暑。宇宙もエントロピー上昇を続け、熱的死を迎えようとしていた。
「宇宙脱出者が多くてね、地球はおろか宇宙中の住人は大半が別宇宙にジャンプしたのさ」
宇宙の終わりが近いと皆宇宙脱出を急いだ。しかしそのことであることが加速した。
「元々宇宙全体のエントロピーが上昇しきってたのもあったが、宇宙ジャンプでより加速していよいよ宇宙ジャンプが出来なくなったんだ」
「それは困りますね」
「困りました、なのであの蜃気楼が注目されたんです」
「なるほど」
宇宙脱出が出来なくなって以降に残された人たちはどうにか宇宙を逃げられないかと考えたらしい。ある者はブラックホールに逃げ道ありと言いながら突っ込んだりもしたそうだ。そんな中に見つけたのがあの蜃気楼らしい。
「ブラックホールに突っ込んだ方はどうなったので?」
「重力で時空は歪むので行けたらしいです。でもブラックホールで脱出しようは危ないので禁止になりました」
「馬鹿ですかね?」
「人は宇宙の終わりには馬鹿になるものです」
彼女と街を歩いていると、見覚えのある場所に来た。
「ここは私の家ですね」
と彼女が言う。
「私の家でもありますね」
と私が言う。一人称の乱立である。
二人は家の中へ入り、くつろぎ始める。
風鈴がちりんちりんと涼しげな音を奏で、風が心地よく流れる。
「冷蔵庫の麦茶を飲んでも?」
「ええ、分かりますか?」
「別宇宙といえ我が家ですよ、分かります」
冷蔵庫の下の部屋、そこの右端の角。私はそこに目を向ける。
「あれ?無い。なんで」
彼女が笑いながら説明する。
「ははっ、三日前に変えたのでね、こっちだよ」
と私の開けた部屋の一つ上を開け、麦茶を取り出す。
「ありがとうございます」
と少しムキになりながら感謝を述べる。
麦茶は冷たく、美味しかった。
「そういえば祖母は居ますか?」
彼女が聞いてくる。
「居ますよ、…もしや」
彼女はある方向を指さす。
「ええ、亡くなってます。去年ですね」
指さす先には仏壇と祖母の遺影。
「去年ですか、…元気でした?こっちの祖母は?」
「元気でしたよ」
「…良かったです」
変な気分だ。私の祖母は生きているのに亡くなっている。一見矛盾あるこの関係、しかし多宇宙のおかげで成立している。
「家族は大事にしてくださいね」
彼女の言葉が胸に染みる。
「ええ、帰ったらたこ焼きでも買っていきます」
家で涼み、あの蜃気楼への帰り道。
「あなたは宇宙脱出をするので?」
今や天の川銀河に残る者は少ない。
「いえ、悩んでいるのです。逃げる理由が私にはないので」
「そうですか、悲しいですね」
「悲しい?」
彼女が聞き返す。
「ええ、ほんの数時間ですが出会った縁です。無くなってしまうのは悲しい」
二人は黙り、静かな街を歩いてゆく。
「あっ」
気づいたときには高架下であった。
「お別れです」
「そうですね」
互いに見つめ合う。
何を思っているだろうか、悲しんでいるか。それとも宇宙の終わりを諦めているのか。
「さよなら」
「ええ、さよならです」
蜃気楼を渡り、私は元の宇宙へと帰る。
あちらの宇宙に一人彼女が俯いていた。
「…寂しいものですね」
三日後ある宇宙が消えた。まさしく蜃気楼のように。
あの出会いより一年、再び真夏がやってきた。
私は同じベンチに座る。
「久しぶり」
と隣に誰かが座る。どこか見知った人。
「…ええ、久しぶりです」
アイスを二つに分け、差し出してくる。
「たこ焼き食べに行きませんか?」
私が提案する。
「ええ、行きましょうか?一年ぶりです」
この誰かと私は毎年、たこ焼きを食べに行く。
来年も一緒に食べられることを願って。
夏に出会った私 松ノ枝 @yugatyusiark
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます