第35話 鳥が見た光景・中編

——宝珠には……しっかりと捉えられておるな。

——はい。一番強そうなのを捕まえてきました。


 透き通る玉に閉じ込められ、運ばれてきた魔物。何かの入れ物から玉ごと取り出されるような感覚があり、視界が戻ると、人間の子どもが紫色の髪の脅威と共に自分を見つめていた。

 そして同じ場所にいたもう一人の人間が手を伸ばすと、玉から解放される。


——ずいぶん大人しいの?

——観念しているのかしら?


 おそらく脅威が自分を捕まえたのはこの2人の命令によるものだろう。そう判断した魔物は、この場から逃げ出そうとは考えなかった。

 きっとこの後、自分は何かをされるに違いない。それでも、仲間を守るため、大人しくしていよう、と。

 すると。


——ぐぬぬぬぬ……


 人間の子どもが何かを始めた。その口調と表情は真剣そのものだった。

 だが、行動のほうは酷かった。

 手に持っているのは、花を模したような棒切れ。それを持ってくるくると回る。キラキラした光の粒を撒き散らしながら。

 魔物の中の何か、おそらく美的感覚のようなものが、目の前の光景を拒否した。何かが許せなかった。


——はあっ!


 それでも真剣な声で気合いを入れ、棒切れを突き出す人間。その顔が真剣であればあるほど、馬鹿っぽかった。

 一体自分は何を見せられているんだろう。崩れそうになる理性でそう考えていると、棒切れの先から光の粒が漂ってきた。

 その光を受け入れたらこの人間の全てを受け入れることになる。魔物は何故か、そう感じた。

 これが契約の魔術が生み出す効果の一つであることを、魔物は知らない。


 そしてもう一つ、魔物が知らず、かつ、光の粒を放った子どもも気付いていないことがあった。

 この魔物、今使われている魔術で使い魔契約を結ぶには、知能が高すぎるのである。つまり、仮に魔物のほうが受け入れようとしたとしても、受け入れられない。

 受け入れられない、のだが、そのことには気付かない。

 だが魔物は、気が付かない代わりに、大事なことを思い出した。

 この人間たちの思惑通りにならなければ仲間が危ない、ということを。あまりに馬鹿っぽい姿を前に忘れてしまっていたが、魔物はこの光を受け入れないわけに行かない。

 そこで意を決して翼を広げ、光の粒を全身で受けようとしたのである。

 が……


——バシッ!


 翼を広げた瞬間、光の粒は消えてしまった。どうやら、人間の思惑通りにはならなかったらしい。

 まずい、と思った。

 だが幸い、人間も諦めてはいないようだった。子どもは再び、くるくると回り出す。

 ……やっぱり馬鹿っぽい、と思いながらも、今度は頑張って受け入れようと決めた。漂ってきた光の粒に翼を上げ、脇と腹を晒す。

 見た目が酷いのは脇に置いて、見た目が酷いのは脇において、と自分に言い聞かせて。自分はこれを受け入れるんだ、と。

 が。


——ベシッ!


 今度も、失敗。

 もっとしっかりやれ、と思った魔物は、思わず口を開いた。


——くわっ。


 そちらが成功しなければこちらも困る、という思いを込めて。

 カラスの鳴き声が出てしまったのは、心の中に呆れがあったから。つい、人里で人間を揶揄っていた頃の気分に戻ってしまっていたのである。

 それでも。


——ぐぬぬぬぬ、はあっ! ぐぬぬぬぬぬ、はあっ! ぐぬぬぬぬぬぬ、はあっ!


 魔物の声援は功を奏したのか、子どもは必死になり。


——くわーっ。


 それでも、成功しなかった。

 そして、しばらく人間たちの会話が続き……


——ツバメって、『くわー』と鳴くか?


 子どもの口から出てきた、この一言。

 言葉の意味を理解できる魔物は、ここに来て、自分の失態を悟った。



 「くわー」。明らかに不自然な、魔物の鳴き声。

 儂らは揃って、魔物をじっと見る。

 すると、魔物は横を向いて固まった。儂らが怪しんだことに気付いたかのようじゃった。

 ふと、リサが口を開いた。


「よく知らないけど、おかしくないんじゃない? 魔物のケイブスワローと普通のツバメは別の生き物でしょ?」


 この言葉に、クイ、と顔を上げる魔物。

 じゃが。


「いや、ケイブスワローの鳴き声もツバメと同じ、『ピィピィ』じゃぞ?」


 儂がそう言うと、再び顔を伏せる。

 そしてしばらくの沈黙の後。


「ピ、ピィピィ」


 今更のように、鳴いた。

 再びの沈黙。

 ……確定じゃった。此奴、ケイブスワローではない。ケイブスワローを装った別の何かじゃ。

 しかも儂らの言葉を理解しておる。道理で魔術が失敗するはずじゃ。此奴、知能が高すぎる。

 して。


「すみません魔王様。私、違うの捕まえて来ちゃいました」

「ネイシャ、お主は悪くない。この見た目は騙されて当然じゃ」

「まあ、騙されるのも良くないけど、騙すほうが確実に悪いわよね」


 謝るネイシャに、応じる儂とリサ。

 ちなみに誰も魔物から視線を逸らしておらぬ。特にネイシャ。猟犬が睨みだけで野鳥の動きを抑え込むのと同じことを魔物相手にやっておるのじゃ。

 魔物は目に恐怖を浮かべておる。逃げ出したいのに身体が動かない、という顔で。

 さて、どうしてくれるか……

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