第34話 鳥が見た光景・前編

 ケイブスワロー。

 人里でそう呼ばれる鳥型の魔物は群れで行動する。洞窟の壁を好んで巣を作り、卵を産み、育てる。卵から孵った雛は成長とともに巣立ち、時を経て洞窟に戻り、仲間と共に巣を作る。

 ゼルペリオ領中央部、小高い山の中腹にある小さな洞窟も、彼らが巣を作る場所の一つだった。その洞窟に、あるとき、一羽の鳥型の、悪戯好きの魔物が現れた。

 モックフェザー。

 人里ではそう呼ばれている、非常に珍しい魔物。

 それ自体は特定の姿を持たず、他の鳥型の魔物、あるいは魔物ではない鳥類の姿を真似る。そして真似た相手の群れに紛れ、その能力と習性を得る。

 長年に渡ってカラスに擬態していたその一羽は、学び取った習性により、他者を、特に人間を出し抜いて嘲ることを楽しんでいた。

 モックフェザーには言語を解するだけの知能がある。その知能で人間の言葉を理解し、盗み聞きして裏をかくのは、楽しかった。

 だが、やがてその生活にも退屈を感じ、別の生き物に紛れることを考えた。

 そうして出会ったのが、ケイブスワローの群れだった。


 ケイブスワローは群れで子を育てる。雛の世話は親鳥だけが行うのではなく、群れの中にいる成鳥が共同で行う。その成鳥を真似たモックフェザーを、群れの成鳥たちは、はじめこそ違和感を持ったものの、すぐに受け入れた。

 群れの子のため餌を獲り、届け、外敵から守る。その習性を完全に習得し、実行していたからである。

 だから、余所者である自分のことを、群れの中にいるケイブスワローたちは、全く警戒しない。口を開けて餌をねだり、受け取る雛たち。自分のことを仲間だと思い、信頼して、子を任せている成鳥たち。


 ケイブスワローのこの無防備な姿を、モックフェザーは、初めのうちこそ内心で嘲っていた。しかし、時を経るうちに、だんだんと違う感情が芽生えてきた。

 自分が力を貸すことで、雛が育ち、巣立ってゆく。そしてやがて戻って来て、次の世代を育む。そのことが、群れの皆が、たまらなく愛おしくなったのである。

 だからモックフェザーはこの群れと共に暮らし、群れを見守り続けることにした。卵から雛、雛から成鳥、成長から卵、仲間が繰り返すその営みを、何世代にも渡って。

 自分の姿は擬態であり、本物ではない。それでも満足だった。


 けれど、ある日、平穏を破壊する存在がやって来た。

 紫色の髪を持つ、異常なまでの脅威。


 山に突如として現れたその存在は、手に持った紙切れと睨み合いながらも、洞窟の入り口へと近づいていた。行く手を塞ぐ大岩があれば粉砕し、巨大な倒木があれば輪切りにし、背丈よりも高いその断片を蹴り飛ばし、迂回することなく最短距離で。

 あるとき、獰猛な狼が、その存在を取り囲んだ。だが、狼たちは、その存在に飛びかかった瞬間に、空中で赤い飛沫となって消えた。

 あるとき、猛毒を持つ蜂の巣が、その存在の前に現れた。その存在は巣を真っ二つに割り、満面の笑みを浮かべ、中の蜜をむさぼり尽くした。反撃を試みた無数の蜂たちは、そこに巣があったことなどまるで嘘であるかのように、一匹残らず粉々にされていた。

 さらに、蜜の匂いにつられ、熊がやって来た。その存在は鼻歌混じりに熊を肉の塊に変え、近くに落ちていた木の枝を拾って擦り合わせ、あっという間に火を起こし、熊の肉を焼いて食べた。

 長い年月を生きてきたモックフェザーでさえも見たことがない、抵抗不能の脅威だった。


 脅威は、ついに、洞窟の前にたどり着いた。

 そして背中の荷物を下ろし、中から透き通る玉を取り出した。

 脅威は、笑っていた。


 空から警戒を続けていたモックフェザーは、その様子を見て、察した。脅威の狙いは仲間たちだ、と。

 次の瞬間、身体が動いた。脅威の存在に向かって。敵うはずがないと知りながらも、一直線に。

 決死の一撃だった。


「捕まえた。この子にしようかな」


 その一撃はやはり届かず、逆に、脅威の手で首筋を掴まれてしまう。

 だが、そのことで脅威が発した一言。これで狙いが分かった。群れの中から、一羽を連れて帰ること。

 ……ならば、自分が捕まれば。

 力で敵わない脅威を前に、魔物は覚悟を決めた。自分は大人しく捕まろう。そうすれば皆は助かる、と。

 そして、そのなけなしの希望は……


「でも一応、他のも見ておくか」


 脅威が続けて放った一言に、打ち砕かれた。


「こら、暴れるな」


 だから、脅威の手を振り解こうと必死になった。再び立ち向かって、その間に少しでも仲間が逃げられるようにしよう、と。


「むう、一番活きが良さそうだし、お前で良いか」


 それは結局、自分を選ばせる努力となった。脅威は、自分を、透き通る玉に近づけた。

 この玉は魔物を封じるもの。自分を捉えるには力が足りないが、ケイブスワローなら入れる。

 そう感じたモックフェザーは、ケイブスワローとしての能力に身を任せ、自ら玉に入った。


 紫色の髪の脅威は一体何者か。モックフェザーは運ばれた先でその呼び名を知ることになる。

 ネイシャ、と。

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