第25話 ガストル
「……ふう、なんとか、上手く行ったわね」
シンディの寝室でひまわりの杖の性能に呆れかえり、それでもどうにか必要なことを取り決めた後、リサは自室に戻り、一人、呟いた。
そして首の後ろに手を回し、首飾りの留め具を外す。襟から引き抜くと、黒ずんだ紙切れも一緒に出てきた。元は首飾りに括りつけておいた、一枚の護符だったものだ。
かつての冒険者時代、リサはとある遺跡でこの護符を何枚か手に入れていた。魔力が込められた護符で、一定の条件が整うと組み込まれていた魔術が自動で発動するもの。
使い捨てのこの護符は、一枚だけ、リサの手元に残っていた。ネイシャを拘束したのはこの護符の魔術だった。
……ほんと、ネイシャが素直な子で助かったわ。
護符の残骸を眺めながら、リサは心の内で呟く。
護符の発動条件は、装着した者を味方だと思っている者が、装着者に対して攻撃の意思を持つこと。ネイシャがリサのことを味方だと思ってくれていなければ、そもそも発動していない。
しかも拘束の成功にも条件が必要で、攻撃の意思を持った者自身が平静を失っており、かつ、攻撃することに躊躇いを覚えていることが必要になる。素早く強力な拘束を少ない魔力で可能にするため、躊躇いという相手の内面を利用する。そういう術式だった。
この護符が意味を持つのは精神に干渉する敵と対峙したとき。同士討ちを誘導されても阻止することができる。おそらく、遺跡のかつての主はそうした敵を想定していたのだろう。そのせいで条件が特殊になった。リサたちはそう考えていた。
いずれせよ、その特殊な条件をネイシャは満たしていた。それはつまり、ネイシャがリサへの攻撃を躊躇ってくれていた、ということでもある。
だが。
……計算通り、だったわね。
そのこともリサには予想の範疇だった。リサはネイシャの素直過ぎる性格を、最初に会ったときから見抜いていたのである。
しかもリサは、ネイシャの隙も見つけていた。
ネイシャは周囲の気配に対して異常なまでに敏感で、気付かれずに近付くのはまず不可能。けれど、近付いた後は警戒しない。もしかすると殺気を感じ取れるなんてこともあるのかもしれないが、今回のような自動発動の手段にはそれでは対処できない。
リサもリサで、ネイシャが前世の記憶持ちであると疑った上で迎え入れた以上、万が一のときの用意は考えていたのである。
でも、今回の件でそれはもう不要になった、とリサは判断した。ネイシャがこの性格ならばネイシャの意思で自分が裏切られることはない。
そして、シンディの裏切りに対しても警戒は不要。
シンディはなんだかんだでネイシャの立場を優先する。上下関係がおかしいが実際そうなっている。リサがここしばらく2人を観察して気付いたことだった。
だから。
と、リサは考えていた。シンディの持つ魔王の知識を自分の都合の良いように使ってもらうには、ネイシャをどう落とすかが鍵になる。
ここまで計算通りだったつもりでいるリサは、後の方針についても考えを巡らせ始めていたのである。ひまわりの杖という不安定要素を意識から除外していることには気付いていないが。
そして、そんなリサの思考も……
「失礼します、リサ様。お手紙が届きました」
部屋にやってきたポーラによって中断された。
手紙。
突然のことに驚きつつも封筒を受け取ると、差出人欄にはかつての冒険者仲間の名前が書かれていた。冒険者としての功績が認められ、引退後は王宮に務めるようになった、ガストルという人物だった。
そして。
「ポーラ、お義母様のところにバーチスを行かせて。私も先に行くわ」
封を切って手紙を一瞥したリサは、ポーラに指示を出した。
その内容は、誘拐の件でガストル自身が調査に訪れる、到着は手紙の少し後になる、というものだった。
◇
翌日の夕方、レイボルト領南西の端、領境付近にある街にて。
「毎日請求書を送って、毎日払って貰ってた?」
「ええ、そうですよ。気前良いですよね」
初老と呼ぶにはまだ早い男が宿屋に入り、そこの主人に尋ねていた。男の名はガストル。
オージンが最初にゼルペリオ家を訪れた日、バーチスは領内の冒険者ギルドにそのことを知らせていた。念のため警戒してほしい、と。
既にレイボルトの名前が出ていたその話は、ギルドを通じて王都に伝わり、王都でのロイドの失踪と重なって、ガストルにも届いていたのである。
そこで調査に向かった彼はレイボルト領を通り、道中で情報を探っていた。そして得られた情報が、今朝まで大勢の兵がいたということと、レイボルト領主の金回りの良さ。
この街は交易が盛んで食料の備蓄も多いが、兵はそれを食い尽くしかけた。だから金額も相当なはずだが、領主が支払いを滞らせたことはないのだという。子爵家の規模ではあり得ない。
どういうことか、と訝しんでいると……
「すみません、一泊、空いてますか?」
若い男が一人、宿に駆け込んできた。
男はレイボルトの使用人だった。
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