第26話 4回転半

 日が傾いてきたころ、儂の寝室にて。


「ぐぬぬぬぬ、はあっ!」

「やった、これで10連続成功です! もう、ばっちりですね、魔王様」


 儂が魔術を発動させると、ネイシャが拍手をする。

 今日一日、儂はネイシャに手伝ってもらいながら、魔術の訓練にいそしんでおったのじゃ。手に入れて、というか呪われてから丸一日。儂も、何とかこの杖の使い勝手が分かるようになってきた。

 昨日、儂は練り合わせが十分できなんだのは儂自身の魔力が少ない故かと思ったのじゃが、どうも原因はそれだけではないらしい。この杖自体が杖から放たれる魔力の量を抑えておるようなのじゃ。身体から100の魔力を吸い取るが杖の外には1しか出さぬ、という具合に。

 そして残りの99は放つ1を支える土台のように使われる。

 じゃから、術式に込められる魔力は少ないが、正確な操作には向いておる。それを意図して作られた杖、なのじゃろうか。


 道具というものは、例えば石弓がそうであるように、作り方次第では強力な力を出せるようにすることができる。しかし、力が強すぎれば、細かい制御が難しくなってしまう。

 城門を破れるほどの強力な石弓でリンゴ1個を射抜くのは、至難の業なのじゃ。

 この杖はその逆。撃ち出す矢は軽く、頑丈な城門には傷一つつけられぬじゃろうが、土台が強い分、小さな的をぶれずに狙える。

 まあ、幼いうちから魔力を使いすぎれば身体の発育に支障を来してしまう故、そのことを心配せずに済むのは助かる。なにしろ、土台となった分の魔力は消費されず、杖に残るのじゃから。

 反面、杖を大きく振り回さねばならぬのが困りもの、だったのじゃが……


「もう、回転は2回転でいけますね!」


 ネイシャの悪気のない笑顔が光る。

 儂は此奴の言う通り、今練習しておるくらいの魔術であれば2回転できるようになっておったのじゃ。

 ……どういうことなのかと言うと、昨日は待機中の魔力との練り合わせのために最低でも4回転半が必要じゃったのじゃが、杖の特徴とコツを覚えてからは少ない回転数でも魔術を発動できるようになり、どこまで減らせるかに挑戦しておったのじゃ。

 ちなみにその過程で、回転の方向も見直した。どうやら人が回転するとき右回りがいいか左回りがいいかには個人差があるようで……

 ではのうて、少ない動作で魔術を使えるならそのほうが良いのじゃ。


 回転数が多ければ転倒する危険も高まる。故に、腕の振りなど全体の構成を見直すことで無理に4回転半を組み込まずとも事足りるようにできるなら、そのほうが安定性が増す。そもそも、4回転半なぞ7歳で回るものではない。

 ……自分でも何を言うておるのかだんだん分からなくなってきたが、とにかく、使い魔と契約する魔術の必要魔力量は今練習に使っておるものとほぼ同じ。故に2回転で行ける。

 とはいえ。

 

「まだまだじゃ、ネイシャ。これくらいの魔術は、1回転、いや、無回転でできるようにせねばならぬ」

「魔王様……なんとご立派な目標……!」


 回転数はまだ減らせる。いや減らさねばならぬ。

 こうして儂はネイシャに見守られ、なんだかおかしな雰囲気が漂う中、きらきら光るひまわりと戯れ、もとい、訓練に励むのじゃった。


 ちなみにこの後、使い魔の候補となる生き物を捕まえる必要があるのじゃが、それはリサが何か手を考えてくれるそうじゃった。

 


 翌朝。


「助かりました、ガストルさん」


 レイボルト領南西の端の街を出発する、一台の馬車があった。御者のほかに乗客は2人。リサのかつての冒険者仲間ガストルと、レイボルト家の使用人ケイン。

 ケインの用事は兵隊を率いるオージンにマルドスからの指示を伝えること。しかし移動に手間取ってしまい、街に到着した頃にはオージンは出発してしまっていた。そこで馬車を手配しようとしたのだが、既に日が傾いており、朝まで待たざるを得なくなっていたのである。

 そして朝まで待ったとしても、利用できるのは乗合馬車。乗客が運賃を出し合うもので、同乗者が多いほど一人当たりの負担が減る。だが、大勢の兵が向かった先に行こうとする者は少ない。

 一人で全額払ってでも乗るか乗客が集まるのを待つか。悩んでいたところに出会ったのが、長旅向けの軽装鎧を纏う、ガストルという男だった。

 話を聞いたところ、ガストルは一人でも乗合馬車を使うつもりだという。そこで同乗させてもらったのだ。気前のいい男で、事情を話すとただで同乗させてくれた。


「うちの兵士長、せっかちなもので、いつも大変なんですよ」

「なあケイン、そういう事喋って大丈夫か? 俺一応、王宮の士官なんだが」

「はっはっは、またご冗談を」


 ケインはガストルのことを、格好と行き先から、ベテランの冒険者だと思い込んでいた。そして自由業の冒険者に話を知られても王宮まで伝わることはないだろう、と。

 こうして彼は、兵を西の森に居座らせる計画のことも、魔物で収益をあげる予定のことも、己が知る全てをガストルに話したのだった。

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