第23話 見た目と呪いと光るのと

「あのね、シンディ。今ね、一応、家族が誘拐されているのよ? しかも、あなたのお爺さんとお父さんと、2人のお兄さんが」

「いや、それは分かっておる、分かっておるのじゃが……」


 テーブルに肘をついて頭を支るリサ。儂はそのリサから小言を言われてしもうた。

 今、テーブルには、ひまわりの杖と、他に何本かの杖が並んでおる。


 倉庫でマーサと遭遇し、誤魔化した後、儂らは再び儂の寝室に戻っておったのじゃった。

 もちろん、儂はひまわりの杖を掴んだまま。

 倉庫から戻る道中、儂は、もうどうして良いか分からず、シンディの記憶に行動を丸投げしたのじゃ。すると片手ネイシャの手を掴み、もう片方の手で杖をぶんぶん振り回しながら、楽しそうに廊下を歩いておった。きっと、倉庫でのひまわりのように目をキラキラさせておったに違いあるまい。

 ……うん、じゃから、今リサが呆れておるのも理解できる。

 考えてみれば、リサは、儂が行動をシンディの記憶に委ねられることを知らなかったのじゃ。これでは、儂が唐突に幼児退行したように見えたじゃろう。廊下ではともかく、マーサとの板挟み状態じゃったときは困惑したはずじゃ。


「その、倉庫では苦労をかけたのう。リ、おかあ様」

「ええ、まったくよ」


 結局リサは、儂が寂しがっておるので励ますために倉庫で珍しい物を見せてやっていた、ということにしたのじゃ。呪いの発動も傍目には分からぬものじゃった故、マーサには気付かれずに済んだ。

 ……娘が物を欲しがって母親が困った、と言うてしまえば普通のことのように見えるが、それを今言うのはやめておこう。リサの精神にこれ以上の負担をかけるわけには行かぬ。

 ともあれ、じゃ。


「魔王様、その杖の呪い、どうにもならないんでしょうか」

「そうじゃな、多分これ、無理じゃ」


 呪いの杖ならばと一度ネイシャが細切れにしたのじゃが、この杖、断片同士が空中で引き寄せ合って、すぐに何事もなかったかのようにくっつきおった。

 しかも、杖に手刀を放ったネイシャはその後、痛がっておった。この杖、金属ほどではないが、普通の木材よりも頑丈らしい。

 して、復活した杖でネイシャに癒しの魔術を、と言うても今はまだ擦り傷を癒す程度のことしかできぬが、ともあれそれを掛けてやったら、ネイシャもすっかり回復した。杖としての性能はやはり高いのじゃ。

 じゃが。


「……綺麗な光に包まれて、まるで楽しく踊ってるようだったわね」

「言わんでくれ」


 リサが相変わらずの呆れ顔で言うた。

 癒しの魔術ははじめ、何度か失敗してしまったのじゃ。体内を流れる魔力がそもそも少ないのか、魔力不足で。

 じゃから、その分を補うため、大気中に漂う魔力をより多く練り合わせる必要があった。そのためには杖を大きく振り、杖により多くの空気をぶつけることが必要。

 じゃが、7歳児の短い腕では、杖を振り回せる範囲は狭い。

 そこで儂がやむなく使ったのが、飛び跳ねたりくるくる回ったりして杖を動かし続けるという方法じゃった。これでようやく、十分な量の魔力を練り込めた。

 じゃがその過程で、お花の部分がキラキラ光り、舞い散った光の粒が帯を描き、その場で回ったときなどは儂の周りに螺旋を描いて行って……

 儂は、リサが今言うたように、キラキラに包まれて踊ることになってしまったのじゃ。


 ……うん。これも危険じゃな。

 今回の状況は「痛がっておった」だけじゃから、まだ良かった。じゃが、もし、瀕死の重傷を負った者を魔術で助ける、なぞという場面に出くわしたら大変じゃ。

 その場合も、儂は、ひまわりでキラキラを描きながら踊り回らねばならぬのじゃ。息も絶え絶えになっておる者の目の周りをぐるぐると。事情を知らぬ者が見たら、憤慨ものじゃろう。絵面がひどすぎる。

 しかも、じゃ。


「その杖以外で魔力使うの、もう無理なのよね?」


 これもリサの言う通りじゃった。

 捨てても手元に戻って来る呪い。とはいえ、常に手にくっついて離れぬ、というものではないらしい。現に今、テーブルの上に置くことができておる。

 「手元に戻って来る」とは、自身の近くに、という意味なのじゃろう。遠くまで捨てに行って帰ってくると翌朝枕元に横たわっておる類のやつじゃ。

 じゃから、この杖の他に別の杖を持ち歩いてそちらを使う、あるいは印で魔力を使えるようにする、という方法も考えたのじゃが。

 この杖、どういうわけか、他の方法で操ろうとした魔力を引っ張り込んでしまうのじゃ。離れた場所からも。そしてキラキラ光りおる。なくしたとき探すのには役立ちそうじゃが。


 一体、この杖は何なのじゃろう。まるで生きておって、自らの意思でそうしておるかのような……

 いや、考えるのはよそう。本当に生きていそうで怖い。


「ところで魔王様、この杖、鉢に植えてお水をあげたら、育ちそうですね」


 ネイシャが何か言いおったが、考えるのはよそう。本当に育ちそうで怖い。

 ともあれ、儂は今後、この杖で魔術を使わねばならぬのか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る