第22話 ひまわりの魔王、誕生

 ほどなくして、儂らは倉庫の一画、杖のあるところに着いた。

 リサは「何本もある」と言うておったが、何本では効かぬ数じゃった。長いものは壁に立てかけられて、短いものは棚から突き出すように並べられて。

 儂は踏み台を登って棚から一振りを抜き取り、事故に注意しつつ軽く揺らしてみる。魔力が通る感覚が確かにあった。

 これならば、魔力の練り合わせまでは問題なくできるじゃろう。

 できるじゃろう、が……


「リサよ」

「『お・か・あ・さ・ま』、でしょ?」

「……お、おかあ、様」

「うんうん、よろしい。シンディは良い子ねえ」


 ……儂は一つ気になって尋ねようとしたのじゃが、先にリサに窘められてしまった。

 そのリサは満足そうに儂の頭を撫でておる。そしてネイシャはどうしてよいか分からぬ様子で困惑しておる。

 納得行かぬ……が、そうじゃった。そう呼ぶように言われておったのじゃった。


——それが転生でしょ。シンディが魔王に乗っ取られたんじゃなくて、魔王が私の娘になっただけ。


 まだこの倉庫に来る前、寝室で、娘が乗っ取られたのじゃが良いのかという問答をした後のこと。

 リサはこう言い放った。

 ……まあ、大層なことを言われてしもうたが、これは魔族の考え方に近いものじゃから、分からぬでもない。何故に人間のリサがここまで魔族の常識に理解があるのかは分からぬが。


——あなたが転生の秘術を使ったときだって、来世の自分を乗っ取るつもりじゃなかったでしょ? だから私のことは今まで通り「おかあ様」と呼びなさい。あなたは魔王でも、私の娘なんだから。


 して、儂が頭を捻っておると、リサはこう続けた。

 頭を捻っておったので、理解するまでに時間がかかった。じゃが。


——待てリサ、今、何と!?


 リサは確かに、転生の秘術の名を口にした。魔族の間でも秘中の秘じゃったのに、何故知っておるのか。


——私のことは「おかあ様」と呼びなさい。

——え? あ、いや、そこじゃなくてじゃな……

——そこじゃなくてじゃないでしょ。「おかあ様」と呼びなさい。ほら。

——あの、転生の秘じゅ……

——ほら。

——お、おかあ、様。

——よろしい。


 その重大な謎は、こうして誤魔化されてしまったのじゃ。

 ……まあ、後で再び聞いたところ、どうやら古い遺跡にて秘術の名を記した品が見つかったため、検証した者がおるらしい。実現不可能と結論づけられ、昔の人の迷信ということにされておるそうじゃが。

 と、それはともかく。


「で、何?」

「……その、じゃな。こうもあっさり儂に杖を渡してよかったのか? 儂がここで裏切る可能性もあるじゃろうに」

「あー、それねえ……」


 リサが聞き返してきたので尋ねると、リサは少し考えて……


「まあ、大丈夫なんじゃない?」


 ネイシャを見てそう答えた。儂とネイシャの頭に「?」が浮かぶが、気にしておらぬならそれで良いか。


「で、どれにするの?」

「そうじゃのう……」


 それより、杖を選ばぬと。長いものは儂の体格では持ちにくい故、棚に積んであるものの中から……ん?


「リ、おかあ様、あれ、何じゃ?」

「え、何あれ」


 棚の一箇所、他の杖と少し離れたところに、一際異様な杖があった。

 異様というのはその意匠のことで、他の杖は宝石が嵌っておったり竜や髑髏を模った飾りがあったり簡素な作りじゃったり、とにかくこう、真剣な場で振るっても様になるような見た目なのじゃが、その杖はそこが異様じゃった。

 一言で言うと、ひまわり。

 持ち手から杖全体にかけて緑色で、途中に葉っぱを模した飾りもある。先端には大きな丸。中央部が茶色でその周りが明るい黄色。黄色の部分は外周がギザギザしておって、花弁は一枚ずつ分かれてはおらぬ。

 細部に拘っておるのか雑なのか良く分からぬ作りじゃった。

 しかもリサが検めたところ……


「これ、呪われてるわね。これを欲しいと思いながらそのことを口にして杖を手に取ると呪いが発動。捨てたり燃やしたりしても復活して、手元に戻って来るみたい」


 そう説明する札までついておった。

 まあ、欲しいと言わずに試すだけならば問題ないということじゃ。

 じゃからリサから受け取り軽く振ってみた。魔力はすんなり流れ、お花の部分がキラキラ光りおる。

 うん、却下じゃな。

 性能は高いようじゃが、見た目と呪いと光るのとが駄目すぎる。さて、これ以外で良さそうな杖を選ばねば。

 と思うておったら、ネイシャが小声で言うた。


「あの、誰かここへやって来ます」


 咄嗟に顔を見合わせる儂とリサ。リサは物色しておった杖を棚に戻し、何もない風を装う。その直後、祖母のマーサが倉庫に入って来た。

 儂は儂で、ボロが出ぬよう自身の行動をシンディの記憶に委ねる。

 これがまずかった。

 シンディは、くまさんのアップリケがついたネグリジェを好む感性の持ち主。可愛いものを見逃すはずがない。

 故に儂は、ひまわりの杖を手に持ったまま宣言してしまった。


「おかあ様、わたし、この杖ほしい」


 こうして、杖の呪いは容赦なく儂に発動したのじゃった。

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