第21話 唐突に交渉成立

 翌日の、昼下がり。


「やはり、リサに話題にしてもらうしかないかのう、ずず」

「そうですね、ずず」


 儂とネイシャはお茶を飲みながら、相も変わらず寝室で頭を悩ませておった。杖を使う、とは決意したものの、杖なぞどうやったら入手できるのか見当もつかぬのじゃ。

 あれはあれできちんとした職人の手によるものじゃろうから、その辺の棒きれを振り回して代用するなどというわけには行かぬ。昼前、庭の茂みで拾った木の枝をゆらゆら揺らしながら魔力が集まらぬか試してみたが、案の定、駄目じゃった。枝に皮がついたままじゃと上手く行かぬのかも知れぬと思うて頑張って皮を剥いでみたが、それでも駄目じゃった。

 やはり、その辺で拾えるような代物ではないのじゃ。


 となると、今7歳の儂が自力で杖を手に入れるなどというのは、訓練して魔力操作を身に着ける以上に無理なことじゃ。

 故に儂は、杖の入手経路をリサに期待するしかないのじゃ。

 ……7歳児が欲しいものを母親に求めるという構図じゃから、あながち間違ってはおらぬ気もするのじゃが。

 じゃがこれ、一体どうやったら良いのじゃ? リサのあの鈍さ、昨日はあんなに仕込みを用意しておったのに、全く気づいておらなんだ。漠然と魔力の話題に持っていくだけでもあれじゃったのに杖なぞという具体的な話に持っていくなど尚更……


「シンディ、入るわよ」


 と、考えておったら、本人がやってきおった。噂をすれば、というものじゃろうか。ずず。

 ネイシャがリサの分のお茶を淹れると、リサは儂と向かい合うようにテーブルに着く。そして一言。


「シンディ、あなたの前世、魔王だったんでしょ?」

「ふごっ!? ぶあ、がほっ、がほっ……」


 唐突に切り出され、儂はまだ熱いお茶を一気に飲み込んでしもうた。


「ちょっと、汚いでしょシンディ。吐き出さないでよ」


 そして唖然として固まったままのネイシャを尻目に、暢気に続けおった。

 いや儂、今、窒息しかけた上に喉を火傷しそうなくらい熱かったのじゃが。まだ少し気管に入っておるし。


「んごふっ、き、気付いておったのか?」

「やっぱり、気付かれてないと思ってたのね」


 どこか既視感のようなものを覚えながらも儂がなんとか答えると、リサは呆れたように額に手を当ておった。

 そして呆れた顔のまま、続けた。


「まあいいわ。とにかく、シンディもネイシャも聞いてちょうだい。悪い話じゃないから」



「こ、これは……」


 屋敷にいくつもある倉庫。その一つに連れてこられた儂は、思わず声を漏らした。棚には魔術に関する道具が所狭しと並べられておる。

 壮観じゃった。


——それじゃあ、杖があればなんとかなるってこと?


 寝室でのリサの話。それは、今掴まっておる家族を儂の魔術で探せないか、ということじゃった。そして儂が魔力操作のことを伝えたところ、この倉庫に連れてこられた、というわけじゃ。「杖なら倉庫に何本もあるわよ」と言われて。

 儂が前世を思い出しておることには前々から気付いておったのじゃという。静観するつもりじゃったが、昨夜気が変わったのじゃとか。

 その気変わりの理由はサティアらしい。


——確かに、サティアはだいぶ取り乱しておったの。

——え、待ってシンディ。なんで知ってるの?

——あ……


 そして儂らが盗み聞きしておったこともばれた。


——まあ、この際それも良いわ。とにかく、協力してちょうだい。

——それは構わぬが、お主、自分が危険じゃとは思わなかったのか?

——え、なんでよ?

——なんでって、秘密を知られた儂らが襲い掛かったら、どうするつもりだったのじゃ?


 なんで儂がそれを心配せねばならぬのかは疑問じゃが、最悪、口封じに殺される展開もあり得たはずじゃ。今儂は無力じゃが、ネイシャなら、やるやらないはともかく、それができる。

 と、思うておったら……


——魔王様、そのことなんですが、私、さっきから動けません。

——……は?

——ごめんねネイシャ。あなたに襲われたらひとたまりもないから、先に拘束させてもらったの。でも安心して。そのうちに解けるから。


 ……後で聞いたところ、魔力で拘束しておったという。儂はネイシャが驚愕で固まったものと思うておったが、驚愕したまま固められておったのじゃ。

 はじめのうちは拘束が強く、声も出せなかったとか。

 そこまでの拘束を、気配を感じさせずに仕込む芸当。方法は何通りかあるが、それをリサが使ったというのが信じられぬ。いや信じるしかないのじゃが、信じられぬ。

 そして、さらに信じられぬ話が続いた。


——とにかくシンディ、協力してくれるわね。

——まあ、それは構わぬのじゃが。

——何よ、まだ何かあるの?

——あのじゃな。儂が言うのも変じゃが、お主はそれで良いのか? 娘が乗っ取られておるのじゃぞ?

——何言ってるの。前世は誰にでもある。それを思い出したって、自分が乗っ取られたことにはならないでしょ。


 リサの答えはあっさりとしたものじゃった。

 まあ、そうなのじゃが、そうなのじゃが……

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