第9話 ゼルペリオ家の人々
「ありがとサティア。もういいわよ」
「かしこまりました。し、失礼します」
これ以上引き出せる情報はない、と判断したリサは、サティアを下がらせた。サティアは恐縮そうに一礼して、リサの部屋を去る。
サティアももっと堂々としてればいいのに、とリサは考える。サティアは現在14歳。今いる使用人の中では最年少だから気後れするのも分かるが、あれでは疲れてしまうだろう。
とはいえ、急にどうこうできることでもない、というのはリサにも分かっている。歳の近い人間と打ち解けられれば、とは思うものの、一番近いのは1歳上のラセル。家人と使用人という違いを抜きにしても、性別が違ってこの年頃ではお互い変に意識してしまうだろう。
ラセルのほうにその意識があるのは見え見えなのだが。そっちはそっちで下手に引っ掻き回さないよう気を付けなければならないか、とリサは考える。
一方、リサの中では引っ掻き回してよい案件になっているものが、シンディのこと。
シンディが前世のことを隠そうとしている、のは、今日の夕食の時、コロッケを喉に詰まらせた後に見せた、不自然な喋り方で分かる。そしてその前世が魔王かその関係者らしいことにも予想がついた。
この面白そうな案件、どう引っ掻き回したら一番面白くなるか。リサが今一番関心を持っているのは、これ。
シンディが人類の敵になる可能性は、リサはそれほど危惧していない。断片的とはいえ前世の記憶を思い出した自分自身が、前世のことに囚われていないからだ。
祖母も言っていた。祖父は前世と全く違う生き方をしたそうだ、と。別の世界の知識があっても、祖父はこの世界の人間だった。
前世の記憶は便利な知識。けれど、前世の知識を持っていても、その人はその人。リサの感覚ではそうだった。
もちろん、シンディが魔王の道を突き進む未来も、絶対にないとは言い切れない。だが、そうならない方向に持って行くのが、母親としての腕の見せどころ。リサはそう考える。
前世が魔王でも今は自分の娘。娘を過剰に恐れることはない。思いっきり引っ掻き回して、こちらのペースに前世もろとも飲み込んでしまえばいい。
そしてあわよくば、魔王が持っていた貴重な知識を使って、大儲けしたい。いっそのこと、シンディと組んで世界を支配するくらいのところまで行っても構わない。
むしろ、そうなりたい。
自分自身が人類の敵になる可能性を、リサは全く自覚していない。
その代わりに、リサには一つ、気になることがあった。
昨夜に前世を思い出したはずのシンディが、今日の午後、サティアと遊ぶときに「いつも通り」に過ごせるものなのか?
どう考えても無理、だろう。今まで散々ぼろを出しておいて、そこまでの演技力があるとは思えない。とはいえ、サティアが嘘を吐いているとも思えない。
「……一体、どういう事なのかしら?」
リサは一人、部屋で首を傾げるのだった。
◇
翌朝。つまり、儂が記憶を取り戻した、翌々日の朝。
……なんだか、丸二日も経っておらぬはずなのに、既にもの凄く長い日々を過ごしておるような気がする。
儂はベッドに身を起こしながら、昨日よりははっきりしておる頭で、そんなことを考えてた。こう考えられる、ということは、今朝の儂はシンディの意識に飲み込まれておらぬ、ということじゃ。
うむ、一歩前進した。
この調子で今日という一日を乗り越えてくれようぞ。ふんすっ。
そしてネイシャに手を引かれ、たどり着いた朝食の席。
「おはようシンディ」
「おはようございます、おばあ様」
今日の挨拶も祖母からじゃった。そして他の面々とも挨拶を交わす。
昨日と同じような展開。じゃが今日はちゃんと儂のままでいられておる。よし。
ついでじゃから、家の面々のことも整理しておくか。家族の者は儂以外で、祖父母、父母、長兄と次兄、使用人は家宰に執事にメイド長にメイドに料理長に料理人に……って、多すぎじゃ!
これでは、とても一度には把握しきれぬ。まあ今回は、気になるところをかい摘んで、でいいじゃろう。
まずは最初に声をかけてきた祖母。確か名は……
「マーサや、料理長に、もっと濃い味付けも許可してくれんか」
そうじゃった。マーサ。良い意味で家族に厳しい祖母じゃ。
そして今マーサに声をかけたのは……
「何言ってんだいグリオ。もう歳なんだから健康考えな。リサもそう思うだろう?」
祖父のグリオ。この家の当主。普段は今のマーサの言葉が示す通り尻に敷かれておるが、それでいて皆がこの者に向ける目には敬意が籠っておる。切れ者なのじゃろう。
マーサとグリオは要注意じゃな。隙を見せれば儂の前世に気づくやも知れぬ。
そしてマーサが同意を求めたのが。
「仰る通りです、お義母様」
リサ。呑気で自由な性格の母親。娘の世話は父母ともにネイシャに任せっきりじゃったらしく、会話の記憶は少ない。
此奴に前世を気取られることは、まずないじゃろう。
あと残りの者は……今は「残りの者」でやむを得ぬか、うん。
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