第10話 はじめての魔力
よし、朝食も終えたことじゃし、早速取り掛かるとするか。
まずは、情報の収集じゃ。今の世がどのような世で、この家がどのような立ち位置にあるのか。この手のことは、何かの書物にそのまま書かれてはおらぬ。
故に、一番手っ取り早く知る方法は、人が話しておるのを聞くこと。日々の会話で語られる生の情報というものは、何気に重要なのじゃ。
そこで儂は、グリオが領主の仕事をしておる場所におれば色々盗み聞き……もとい、耳学問で学べる、と考え、グリオの執務室に向かった。
「シンディ様、なりません。グリオ様は、今、お仕事中にございます」
そして家宰のバーチスによって、やんわりと追い出されることになった。
何度か挑戦しても、やはり駄目。その度に、猫のように後ろから持ち上げられて部屋の外へと運ばれた。
終いには、お目付け役でもあるネイシャが、バーチスから叱られる羽目に。
うむ、この方法は駄目じゃ。じゃが、書物で得られぬ情報はいずれ必要になる。じゃから、いつか、魔術を使って会話の様子を盗み聞き……もう盗み聞きでよいか。
とにかく、聞けるようにせねば。
と、いうわけで。
「気を取り直して、頑張りましょう、魔王様!」
寝室に戻った儂は、ひとまず魔術の訓練をしてみることにした。一緒に戻っておったネイシャが励ましてくれる。いや理不尽な目に遭ったのはネイシャのほうじゃろうに、健気じゃ。
よし、儂もネイシャの献身に応えるべく、しっかり魔力操作を身に着けるか。
儂は言われた通り気を取り直し、両の掌を顔の前で向かい合わせ、十の指を絡め合わせた。前世の頃、魔族の間で広まっておった、魔力循環の印じゃ。
この印は体内に流れる魔力を両の掌へ集める。そして集まった魔力は、右手の中心から左手へ、あるいは左手の中心から右手へと、両手の間にある空間を渡るように流れて行く。こうして、腕全体を含めた一つの環の中を魔力が循環するようになる。
そして掌の間を渡るとき、魔力は仄かな光の筋を描く。その色や瞬き、流れる方向によって、自身の魔力の質を知ることができるのじゃ。その質を知ることが魔力操作の第一歩。
なのじゃが。
「ぐぬぬぬぬぬぬ……ぐぬぬぬぬぬぬぬ……」
「魔王様、お茶とお菓子、ここに置いておきますね」
いくら待とうと、いくら念じようと、さっぱり駄目じゃった。
光の筋が生まれぬ、どころか、魔力が集まった様子すら見えぬ。
どれほど集中して念じても、だめ。
「ぐぬぬぬぬぬ……ぐぬぬぬぬぬぬ……」
これでは儂は、顔の前で指を変な形に組み合わせてただ唸っておる、謎の7歳児じゃ。
そして目の前のテーブルからは紅茶とクッキーの香ばしい匂いが漂ってくる。ぐぬぬ。
あ、ネイシャがクッキーに手を伸ばしおった。ぐぬぬ。
ま、まあ、いきなり最初から上手く行くとは思うておらぬが……それにしても、こうも何の手ごたえもないとは。
もしや、この身体、魔力が流れておらぬのか?
いや、そのようなことはないはずじゃ。生き物は皆、多かれ少なかれ、体内に魔力を持つはず。じゃから、感覚と操る方法、この2つさえ身に着ければ、誰でも魔力を使えるようになる。
じゃが。
「ぐぬぬぬぬぬ……ぐぬぬう、はむっ」
「ぽりぽり、ずずっ」
いくらやっても、うんともすんとも言わぬ。
じゃから儂は一旦諦めて、ネイシャと一緒に菓子を頬張ることにしたのじゃ。ずずっ。お茶もおいしい。
こうして、儂の午前は過ぎて行った。
そして、午後。
……午後。
シンディがいつも、サティアとも遊んでおる時間。昨日まで、「われはまおうジルガントなり〜」と言って。
うむ。
儂はもう、今までのシンディ通りには過ごせぬ。いくらなんでも無理。
じゃが、昨日まで元気よく遊んでおった少女がぱたりと遊ばなくなったとあっては、不自然すぎる。サティアも自分に不手際があったと思うじゃろうし。
じゃから儂は、今日の午後は……
「シンディ様、見つけました!」
「ぶふあぁっ!?」
かくれんぼをすることにしたのじゃ。そして隠れておれば、遊ぶ振りをしながら印を試せる。
と思ったのじゃが、サティアの奴め、物置小屋に隠れておった儂を、割とあっさり見つけおった。
すぐには見つからぬ場所に隠れたつもりじゃったのに。ぐぬぬ。
じゃから次はもっと見つかりにくい場所で訓練を、の前に、まずこちらが隠れる番にせねばならぬ故、懸命に探したのじゃが、なかなか見つからぬ。
ネイシャはすぐに見つかったのじゃが。まあ此奴は手加減してくれておるからの。
ともあれ、庭の植え込みの陰を虱潰しに探し、まさかの木の上にサティアを見つけたときにはだいぶ時間が経ってしまっておった。
じゃがようやく、儂が隠れる番。儂はサティアを探すときに目をつけておった場所に隠れ、ここならばと印を組んだら、またあっさりと見つかった。
そして、また懸命にサティアを探し……
結局、夕方まで普通に遊んで過ごすことになってしもうた。
まあ楽しかったのじゃが……サティア、恐るべし……
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