第7話 転生のあるなし

 儂が儂自身を見失ったとき、ネイシャは儂を止めぬじゃろう。

 それは、ネイシャの怠慢ではなく、性分じゃ。此奴は前世の頃、自分がどうしたいかよりも儂に合わせようとするところがあった。

 転生した後もその辺りは変わっておらぬのじゃろう。


 それに、ネイシャはネイシャで、今の生活が楽しそうでもあるし。


「ところで魔王様、私、メイド服似合うでしょ。結構自信あるんですよ」


 唐突に言い出した。絶対楽しんでおる。

 ひとまず、適当に褒めておいた。


 じゃからまあ、もし儂がシンディとしての人生を選べば、褒められたことで小躍りしておるネイシャは、前世を放棄した儂に合わせるじゃろう。

 ……じゃが、そうなれば、ネイシャは一人で前世の記憶を抱え込むことになる。世話をされる儂は前世を忘れ、安穏と暮らしておるというのに。

 それでは、ネイシャがあまりにも……


「ネイシャ」

「はい、魔王様」

「安心せい。儂は前世のことを忘れたりはせぬ」


 ネイシャは一瞬、きょとん、とした顔をした後、笑顔になって「良く分かりませんが、分かりました」なぞと言いおった。

 まあ、此奴はこれでよい。儂がしっかりしておればよいだけじゃ。


 じゃが、具体的に、これからどうしてゆくか。


 儂が前世を忘れない、という点で一番確実なのは、今すぐこの家を出ることじゃ。魔族として再起するために。

 その辺りの計画は、前世のうちに、漠然とじゃが立てておいた。

 まず四天王と合流、あるいは儂単独でも、魔王城へ至る方法と、身体を魔族に変える方法を探し、確保する。

 これらの方法は前世のうちに各地に隠しておいたから、儂はその場所へ行くだけじゃ。長い時間の中で失われていたとしても、断片でも手に入れば再現の途はある。

 じゃが、今すぐその計画通りに動くのは流石に困難じゃ。儂はまだ7歳の身。ネイシャがおるとしても、世界中を旅して回るのは難しい。


 と、考えておったら、いつの間にかネイシャが横に座り、儂の頭を撫でておった。

 なでなで。

 まあ、別に良いので、好きなようにさせておく。


 ……で、じゃ。

 今、すぐには出て行かぬと考えた時、儂の中に何かを安心するかのような感覚が生まれた。

 身体のこととは別に、儂自身の中に、ここに留まりたいという思いがある。今までの7年間は幸せじゃったはずじゃから、多分それじゃろうな。

 ケーキを分けてくれた2人の兄。世話係でもないのにいつも遊び相手になってくれるサティア。それを許す当主である祖父と、家宰、メイド長。いつも朗らかな祖母と父母。

 この家には優しい人間が揃っておる。儂が黙っていなくなれば、皆、心配して探すじゃろう。


 なでなで。


 かと言うて、前世が蘇ったことを打ち明けて説得するのも、無理。前世というものに関しては、魔族と人間とで感覚が違うはずじゃ。

 魂は転生する、が、人間の世に広まっておる教えでは転生しないことになっておる。魂は何もないところから生まれ、肉体の死後、再びこの世に戻ることはない、と。

 故に、人間の教えでは、前世というものの存在自体が否定される。

 魔族の教えでは逆じゃ。この世に生まれる者は皆、前世という過去を持って生まれて来る。故に、前世の記憶が蘇ったとしても、忘れていた過去を思い出しただけのものとして捉える。前世という他人に人格を乗っ取られたとは考えぬ。


 なでなで。


 ……儂は便宜的に過去7年分の儂のことを「シンディ」と呼び分けておるが、シンディと儂は同一人物なのじゃ。儂の魂は前世の前世のそのまたずっと前から存在し続けておるもので、それが今はシンディの姿かたちでこの世に現れておるだけのこと。そして来世があるならば、その時はまた別の姿かたちを持って現れることになる。

 じゃが、この感覚は、転生の概念そのものを受け入れておらねば成り立たぬ。そしてこの感覚の違いは自分という存在の認識までも変え、あらゆる倫理観に影響する。

 この違いは魔族と人間の対立を深めた要因でもある。話して諭せることではない。


 なでなで。


 少し思考が逸れた。ともあれ、家の者に前世の話を聞かせるのは無理。

 今しばらくは、このままこの家で暮らすほかない。前世の記憶がない少女の振りをしながら、前世の記憶を忘れぬように。

 忘れぬように。

 そう、これが一番の問題じゃ。簡単なことのようで難しい。

 一体どのようにすれば……


 なでなで。

 ……ん? そういえば。


「ネイシャよ、お主、転生して記憶が戻った後、前世のことを忘れてしまいそうになることはなかったのか?」


 ネイシャもネイシャで、同じ課題に直面したはずじゃ。シンディと事情が違うにしても、前世の知識を隠しておらねば今のような立場にはおられぬじゃろうから。

 なら、この課題、どう乗り越えたのか。


「ん~、私の場合は人目を盗んで武術の修行をしてましたから、それで忘れなかったのでしょうか?」


 何の話か分からぬ様子じゃったので懇切丁寧に事情を説明すると、実に此奴らしい答えが返ってきた。

 じゃが、修行か。なるほど……

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