第4話 若くなって

 それにしても、じゃ。


 苺というものは、良いものじゃな。魔王城を取り戻した暁には城内に農園を作るか。あ、チキンのローストもおいしい。これは養鶏も必要か。

 はっ!?

 い、いかん、儂は私利私欲のために魔王をやっておるのではないのじゃ。魔王城をそのようなことに使うなど、いかん。もぐもぐ。


「シンディ、今日は随分たくさん食べるのねえ」

「はい、おかあ様。どれもおいしくて。それに、いちごが、こんなにおいしいなんて」

「あら、別に、初めて食べたわけじゃないじゃない。ふふふ」


 母親のリサが話しかけてきおる。もぐもぐ。

 じゃがこういうときは、儂は何も考えずシンディの記憶に任せれば良い。もぐもぐ。

 さすれば、身体は自然とシンディらしい口調で受け答えをしてくれる。もぐもぐ。

 

 それにしてもこの食欲。若いというのは良い。いくらでも入る。

 前世では老人の身体じゃった故、一度に食える量は少なかった。これは転生をして得をした。


 なぞと考えておるうちに時間は経ち、お誕生会はお開きとなった。

 そして。



 普段の夕食よりもだいぶ遅くに食堂を出た儂は、ネイシャと共に、シンディの寝室へと移った。

 ちょっと、お腹が重たい。

 じゃがここならば、他の者の目はない。ようやく、儂が儂の素でおられるようになった。


「改めまして、お帰りなさいませ。魔王様」


 故に、食堂のときとは一転。ネイシャが深く頭を垂れる。


「うむ。大儀であった、ナジャースタ、いや今はネイシャ、か」


 儂はネイシャに応えた。このメイドはやはり、ナジャースタが生まれ変わった娘じゃった。秘術による記憶の復活にも問題はなく、儂といち早く合流するためこの家の使用人になったのじゃという。


 前世の時代、ナジャースタは気配の察知にかけても魔族の中で随一じゃった。長年の修練の末、尋常でない感覚を身につけて。

 不意打ちが通じぬのは当たり前。目を閉じていても敵と戦える。遠くから狙いをつける弓兵でさえ察知して火球で先制する。魔術による探知さえも敵わぬほどの鋭さじゃった。

 壁の裏側の間者を察知して壁に大穴を開けたときは、流石にお灸を据えたが。


 本人曰く、魂の気配まで感じ取れるのじゃという。故に、ある程度までの距離ならば、音を消そうと匂いを消そうと関係ないとか。

 本当にその言葉通りなのか、はたまた他の感覚が鋭すぎてそのように感じておるのかまでは確かめようもないことじゃが、その能力は転生後の今も健在。

 7年前に儂がこの家の娘に生まれ変わったことを察知したのも、その能力故じゃった。


 儂の転生に気付いたネイシャはその後、自身をこの家の使用人として売り込んだそうじゃ。儂といち早く合流するために。前世の知識があるとはいえ、11歳か12歳の身で。

 さぞ苦労したことじゃろう。そして今日、儂が叫び出してもばれずに済んだのは、此奴の機転ゆえ。

 まさに、大義であった。


 まあ、それはそれとして。


「早速じゃが、これからどうするか、決めねばならぬのう」


 儂は腕組みしつつ、ネイシャに告げた。

 再起を図っての転生の秘術、それは確かに、想定通りの力を発揮した。

 ……まあそのタイミングは最悪じゃったが、今の状況は望外のものじゃ。最初からネイシャと合流できておるのは大きい。裕福そうな家に転生できたのも幸運じゃ。


「そうですね、魔王様。まずは、そろそろお風呂のお時間ですから、浴場に移って頂かないと」


 じゃが問題は、魔王として再起する以上、いつまでも留まるわけにはゆかぬこと。ならば、いつ、どのようにして出奔するか。

 そしてできればその前に他の四天王とも連絡をつけたい。が、それはこの家にいたまま可能か。ネイシャとも相談して……ん?


「ネイシャ、今、風呂、と言うたか?」

「はい。もうお風呂のお時間です」


 お風呂。

 そうじゃった。この家に潜むなら、儂はシンディらしく過ごさねばならぬ。

 そしてシンディの入浴は毎日。世話係のネイシャと一緒に行く。一緒に……


「ま、待て待て待て待て」

「え? どうしました、魔王様」

「どうしたも何も風呂はいかん、風呂は」

「魔王様、お風呂お嫌いになっちゃったんですか?」

「いや、そうじゃなくてじゃな」


 風呂はいかん。絶対いかん。

 この、きょとん、とした顔のネイシャと入るのだけは。

 ……理屈で言えば今は性別が同じ。前世が基準なら魔族の感覚で人間の身体を見ても特になんともない。故に何がいかんのか説明不能なのじゃが、とにかく。


「その、じゃな、今日は風呂の世話は不要じゃ。儂一人で入れる」


 此奴を説得するしかない。


「でも魔王様、いつも通りにしてないと怪しまれちゃいますよ」


 説得できんかったが。いやできんかったではいかん。

 なんとかせねば、なんとかせねば。


「わ、儂はもう7歳じゃ。7歳で誰かと一緒に風呂に入ってもらうのは、おかしいじゃろう」

「そうですか? 7歳なら珍しくもないと思いますが」

「そ、そうかのう……そう、かも、しれぬが」


 これはいかん、押し切られる。

 なんとか、せねば……

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