第3話 ナジャースタとネイシャ
「さ、さあ、お料理をお持ちしますね。ネイシャ、貴方はケーキをお願い」
「わかりました、ポーラさん」
さて気を取り直して普通の少女の振りをせねば、と思ったら、メイド長のポーラが指示を出し始めた。
うむ、誕生会はつつがなく進行しておる。
そして。
「す、凄いですねシンディ様! 見事、一息で消せましたね!」
そう……若干わざとらしく言いながらネイシャが近づいてきた。椅子のそばに来ると、右手の指を揃えて左肩に当て、不自然でない程度にかがみ込む。
他の者の目がある故に浅くしたのじゃろうが、魔族式の敬礼じゃった。
「ささ、ケーキを切り分けましょうね」
そしてすぐに顔を上げる。
やはり、此奴はナジャースタ、なのじゃろうな。前世とはだいぶ様子が違っておるが。
◇
「白獅子」。それが、ナジャースタにつけられた異名じゃった。戰装束の色と、獰猛を絵に描いたような戦いぶりから。
あれはまだ、勇者が現れておらず、人間の軍勢との小競り合いが続いておった頃のこと。
「お前ら、手を出すな。こいつらは私の獲物だ」
儂は、既に四天王となっておったナジャースタに兵隊を与え出陣を命じた、のじゃが、此奴は戦場に着くなり、自分一人で敵を蹴散らす、と豪語しおった。
百を超えるほどの騎兵を相手に。
「——ッ、カァッ!!」
そして息を吸い切れるだけ吸い切ったと思うと、それを一瞬で吐き切るかのような、鋭く重い咆哮を上げた。使い魔を通じてその場を見ておった儂が、思わず仰け反るほどの。
質量さえ感させるそれは、味方の兵隊をも恐れさせ、当然、対峙しておった敵の動きを止めた。そして、次の瞬間。
ナジャースタは数十歩の距離を一気に詰め、敵の先頭を一刀両断にした。
手刀で、騎馬ごと。全身鎧の上から。
血飛沫の中に立つナジャースタは、オーガ族特有の頑強な筋肉を、さらにはち切れんばかりに膨れ上がらせておった。
そして次は下から突き上げるような拳を近くの敵に見舞い、馬ごと跳ね上げて落ちてくるところに廻し蹴りを一閃。これを繰り返して十近くの首を刎ね、離れた相手には火球を吐き出してその爆発でまとめて粉砕、逃げ出そうとする者には落ちていた槍を次々に投げ、当たったのが穂先であろうと柄であろうと関係なしに貫通させて屠っておった。
こうして敵の軍勢は文字通りに全滅した。返り血に塗れながら高らかに笑うその姿に、儂が与えた兵隊さえも震え上がっておった。
◇
そのナジャースタの生まれ変わりと思しき者、ネイシャが……
「むむむむむ……よし、綺麗に切れました!」
今は、慎重になるあまり寄り目になりながら、ケーキを切り分けておった。そしてこれまた慎重に皿に分ける。
取り分けるとき指についたクリームをこっそり口に運びそうにして、やっぱり我慢しながら。多分、ケーキは使用人の分もあることを思って、耐えたのじゃろう。
儂にはシンディの記憶もある。その中のネイシャは、大の甘い物好き。前世の頃、周りの者に酒の勝負を仕掛けてはそちらのほうは案外に弱くすぐに酔い潰れておったナジャースタとは、似ても似つかぬ。
まあそれでもかつて儂の名を儂に教えておったくらいじゃから、此奴が四天王の一人なのは間違いないじゃろう。そしてナジャースタ以外の者とはもっとかけ離れておるし。
「さあどうぞ、シンディ様」
「わあ、いちごいっぱい。ありがとうネイシャ」
などと考えておったら、明らかに大きな一切れを目の前に置きおった。
シンディはシンディで苺が大好きじゃから、ここで喜んだ振りをせぬわけにはゆかぬのじゃ。
そして儂が苺を口に運び、思わず顔がほころぶと、ネイシャは満足そうに儂の頭を撫でる。儂の身体にはネイシャに対する依存でも刷り込まれておるのか、心地良い。
「ネイシャさん、つ、次、こっちお願いします」
「わかった。少し待っててサティア」
かと思えば何かの作業に呼ばれ、元気よく返事をして行ってしまう。
儂に一言つげ、パタパタと小走りに厨房へ向かう後ろ姿には、「白獅子」を思わせるものは何一つなかった。
これも転生の故、か。
転生の秘術には欠点がある。記憶が戻っても性格や生き方まで前世の通りになるとは限らぬことじゃ。幼少期、記憶が蘇るまでの間に形成された人格が、その後の生き方にも影響する。
この術は他人の体を乗っ取る術ではない。転生を経て前世を忘れてしまう未来の自分に、忘れた記憶を取り戻させるだけの術なのじゃ。
故に。
「シンディ、僕のケーキ、半分あげる」
「あ、僕のも」
「わあ、ありがとう、ロイドおにい様、ラセルおにい様」
長兄と次兄から次々とおすそ分けされて儂が喜んでしまうのも、シンディとして形成された人格故。これはやむを得ぬ。
もぐもぐ。ケーキおいしい。おにい様たち優しい。
はっ!? いかん、今、思考までシンディになっておった。儂は魔王。これではいかん。
転生の秘術、恐ろしや。
なぞと思うておった儂は、まだ気が付いておらなんだ。
転生の秘術が持つ、本当の恐ろしさに。
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