報道


 魔物達の襲撃から一夜が明け。

 俺は泊まっていた安い宿屋で飛び起きた。


 昨日の出来事が夢であって欲しいと、

 切に願っていた。


 部屋から出てチェックアウトの準備をする。

 荷物を纏め、今日も限られた仕事に取り組もうと意気込んでいた。


 宿屋の店主に鍵を渡す。

 その後、宿屋から出ようとしたその時。


「あぁ、あんた……見た顔と思ったら、剣聖と剣鬼の婚約者かい?」


「……? はい?」


「テレビでさっきくらいに報道されてたよ、婚約発表だって。そんであんたの顔と名前付きで。ハイト・メイルだっけ?」


 俺の許可もなく俺の実名と顔を報道?

 しかも、あの二人の婚約者として?

 どうなっているんだ、一体?


「あの二人のハートを射止めるとは、冴えない顔してやるねぇ!」


 宿屋の店主のお婆さんはそう言い放つ。

 こちらとしてはたまったものではない。


 バッグの奥底に詰め込んでいた、外付けのフードを被り──俺は街に出た。

 昨日の襲撃が嘘の様に活気に溢れている。


 俺はギルドに向かう、今日の仕事を終わらせる為に。

 酒場に併設されたギルドの支部に入る。


「おっ! 婚約者様の登場だぜ!」


「大声で言うなって、目立つだろ……」


「今更だろ? 遺跡探索系配信者も遺跡探索を忘れてお前の事ばっか言ってるぜ? 剣聖様のガチ恋勢って奴かなぁ……」


 俺は同僚を軽く無視して受付嬢の元へと辿り着く。

 プレートを提示して、身分を示す。


「ブロンズ級の依頼ですね、お待ちを……え?」


 受付嬢は困惑しているのか、顔を傾げる。

 受付嬢が持つ紙の束を軽く覗く。


『ハイト様指名依頼 剣聖『レアン』と剣鬼『ユナ』と共に故郷に帰還する。期限:無期限』


 そう書かれた依頼届が何枚も、何百枚も。

 受付嬢の手元にあった。


「すいません、ハイト様でよろしいでしょうか……?」


「……っ、違います。今日は、帰ります……」


 そう言いギルドを後にしようとした瞬間。

 ギルドの扉が開かれ二つの人影が現れる。


「ハイト、見つけたぁ……♡」


「ハイト、帰ろう。早く♡幼馴染である私達と共に、故郷に……♡」


 芯の通った何処か虚ろな眼で、俺を見つめる二人。

 俺は恐怖と困惑で後ずさる。


 俺を追いつめようと、レアンとユナは段々俺に近付いてくる。

 その時、同僚の声が響いた。


「お前、剣聖と剣鬼と幼馴染なの?! E級なのに?」


 その言葉が解き放たれた瞬間。

 二人の剣先は同僚に向いた。


「私達とハイトを比べるな」


「ハイトは、私達と比べられる程下級の存在じゃないから」


 ──ジリジリと同僚ににじり寄る二人。

 このままでは俺のせいで。

 そして、幼馴染の手で、

 他人が傷付いてしまう。


「辞めろっ……!!」


 俺は同僚の前に飛び出し、両手を広げる。

 出来るだけ庇おうとしたが、今になって無謀な事だと痛感する。

 切られてももう遅い、言い訳は出来ない。


 と、思っていた。


 次の瞬間、二人は。

 俺の胸元へと飛び込んで来ていた。


「んへぇ……♡やっぱハイトってあったけぇなぁ……♡」


「ずっと感じていたい、温かさだ……♡」


 先程まで人を傷付けようとしていたのに。

 この能天気さはなんだ?

 怒りと困惑でどうにかなりそうだった。


「離れてくれ、お願いだから……」


「何故だ? 私達は婚約者だ。婚約を過去に誓った仲じゃないか♡」


「約束、忘れたとは言わせねぇけど?♡」


 ──俺も覚えている。

 子供の頃、約束を果たしたら結婚しようと。

 けれど、俺は。


「この前も言っただろ!!!」


 怒号が飛び出す。

 些細な怒りで有頂天に達してしまった。

 大人気なくて、未熟が過ぎる。


「俺は、お前らみたいに立派な奴になれてないんだよ……」

 

「そうか? あたしにとっては、ハイトはずっと立派な奴だぞ? 聞いたんだ、お前の仲間に。ハイトは不器用だけど毎日頑張ってたって……♡」


 俺の頑固で傲慢で、些細な意地とプライド。

 それはあまりに強固で、変わりはしない。

 俺だけ約束を違えるなんてダサい真似は出来ない。


「なぁ、あたしらと一緒なら絶対『剣神』になれるって♡そう意固地にならずに、さ♡ハイトになら、何回利用されたって許せるんだからなぁ……♡」


「常に私達がハイトの隣に立とう、そして、君を守り……『最強』の名に至らしめよう」


 幼馴染を利用して、名を挙げるなんて。

 そんな小賢しい真似も出来ない。


「もう、良いんだよ……頼むから、俺の事は忘れてくれって、お願いだから……」

 

 ガチガチと震え、怒りと悲しみを織り交ぜながら。

 俺はそう、ぽつりと言った。


「……ハイト。もう良いのは、ハイトの方だ。散々苦労しただろう? 少しは、楽になっても良いんだ……♡」


「そうだぞ、ハイト♡私達はずっと手助けし合う仲だったじゃんか♡」


 レアンとユナ。

 二人はきっと、俺に関わらない方が栄華の道を歩ける筈なんだ。

 だからこそ、俺が邪魔しちゃいけない。


 いっそ俺の事を忘れてくれたら。

 嫌ってくれたら、どれ程良かったろうか。


「──もう、俺達は会わない様にしよう」


 そう言い二人の横を通り抜けようとした。

 その瞬間、首元に二つの鋭利で繊細な刃が突き付けられる。


「力づくでも、離れられないように」


「最期の時まで、共に居たいんだ」


 俺は恐怖でガチガチと歯を鳴らす。

 手足が震え、完全に動けなくなっていた。


「ハイト〜、詫びだ!! 『テレポート』!!!」


 そんな時、同僚の声が響く。

 俺の体は水色の魔法陣に包まれ、姿が消えていく。


「俺の昔行った場所にランダムに転送する!! 少しは逃げろ!! 俺の詫びだと思って!!」

 

 レアンとユナはその詠唱を止めようと、俺の首元に突き付けた刃を逸らし、同僚の方に向ける。

 俺はその瞬間、二人を足を掴んだ。


「俺の同僚に手を出したら、お前らの事だいっきらいになってやる……!!」


 そう言って俺は魔方陣に完璧に包まれる。

 意識は消え、次に目覚めたのは。


 何処かもわからない、遺跡の中だった。

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