内福
雨笠 心音
内福
うつになって、会社をやめて、1年経とうしていた。
貯金はそこそこある。だから、爆発的な危機感はなく、じんわりとした不安が染み込んでくる。
街を散歩していると、
「あれ、佐藤じゃね? 久しぶり!」
髪が伸び放題に伸びた男に声をかけられた。始めは無視していたが、そいつはついてきた。
「おいおい、俺だよ。田中だよ。高校で一緒だった」
「お前、まじか」
うん、と軽い返事が帰ってきた。その時の笑顔は高校時代と安心するほど変わっていなかった。
「おま、何してんだよ」
「ん? ホームレス」
そういう意味で聞いたわけではなかったのだが、返答がストレートすぎて、言葉に詰まった。
「あんま気にすんな。気にしてないから。んで、佐藤は?」
「……無職」
「仲間じゃん」
「そんなこと……あるな」
「なぁ、佐藤。飲み連れてってくれよ。おごりで」
「図々し過ぎんだろ」
各言う俺も、なんだかんだ旧友との再開は嬉しかった。結局、近場のせんべろに入った。
「飲み過ぎた!!」
「田中、うっせ」
互いに千鳥足で店を出た。
ぐるぐる回る頭とは反対に、夜空は中途半端な都会のここですら星が見えるほどの澄んでいる。俺達は目的地もなく歩き出す。
「なぁ、田中。家来いよ。シャワーだけでも浴びてかないか」
「ちょっと前に入ったばっかだから、だいじょぶだ」
サァと、冷たい風が二人の間を通り過ぎた。
「んー。そうか? まぁ、なら」
「ありがとな」
「あぁ」
会話が途切れた。沈黙が気まずいほどの中ではなかったが、田中らしくない拒絶に俺は馬鹿馬鹿しい話題を出す気をなくしていた。自然と重い話だけが、脳裏に残った。
「これからどうしよう」
「それな」
「ずっとこのままってのも、違うよな」
「どこかで働かないとな」
「ま、俺は背取りで暮らしていけてるから、しばらくこのままでもいいかな」
「そうか」
本当にか? 今日、お前めちゃ飲んでたぞ。毎日これくらい飲めたらなって言ってたじゃんか。
でも、俺は田中にそんなこと、言えなかった。流石に、いつもおごれるわけではない。それなのに、焚きつけるような真似をするのは傲慢だ。
「じゃ、ねぐらここだから」
田中は、橋の下のブルーシートでできた小屋を指した。
「目的地、あったんだな。田中には」
「ん?」
「なんでもね」
「じゃ、また」
田中の背中が夜に消えていく。
でもなんか、してやれることはないか?
傲慢だとしても、なんかないか?
俺はあいつよりもマシな側、助ける側なんじゃないのか?
「おい、田中」
「何だよ」
「これ、1000円」
「何で」
「なんでって、その、友達じゃん。だからさ」
「いらね」
急に夜風が強くなった。
「そうか」
「ごめんな」
そう、ぽつりと呟く。河川敷を汚れたスニーカーで降っていく。
あの小屋に明かりが灯るまで俺はそこから動けなかった。
内福 雨笠 心音 @tyoudoiioyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます