9話目――怒れる山

次男・頼茂は、家の中で一番欲深い男だった。

戦後の混乱期、金さえあれば何でもできると信じ、先祖代々守ってきた裏山を製材業者に売り払った。


「木なんてまた生える。山は金に変えられる」

そう笑って契約書に判を押した夜、屋敷の裏から低い唸り声のような風音が聞こえた。


翌日から伐採が始まった。

斧を振るう度に、山の木々が悲鳴のような音を立てた。

作業員たちは不思議なことを口々に言い出した。

「木の根が動いた」

「切ったはずの幹が夜に立っていた」


一週間後、業者の一人が行方不明になった。

山裾に落ちていたヘルメットには、無数の細い傷跡――まるで爪痕のようなものが刻まれていた。


頼茂は恐怖を笑い飛ばし、さらに伐採を急がせた。

だがある夜、裏山の方から“ドン…ドン…”と地響きが始まった。

地面が揺れ、家の柱がきしむ。

眠れぬまま朝を迎えると、庭の土に奇妙な跡が残っていた。

それは太い根のような筋が、屋敷へと向かって伸びてきた跡だった。


やがて頼茂は原因不明の高熱に倒れた。

寝ている彼の足首には、土と苔が絡みつき、日に日に太くなっていった。

医者が切り離そうとすると、苔の中から細い木の根が覗いた。

その根は、頼茂の皮膚を破って体内へ入り込んでいた。


死の直前、頼茂はうわごとのように呟いた。

「山が…俺を返せって…引っ張って…」


葬儀の翌日、裏山の根元から人の腕ほどの太さの根が一本だけ、川の方へ向かって伸びていたという。

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