8話目――土間下の赤子
長女・千代子は、幼い頃から家の“女の役目”を叩き込まれて育った。
嫁ぎ先は裕福だったが、夫は冷酷で、義母は鬼のように厳しかった。
ある冬の夜、千代子は初めての子を産んだ。
しかし、その子は青白い肌で、かすかに息をしているだけだった。
産婆は眉をひそめ、耳打ちした。
「…この子は長くはもたん。家の恥になる前に、土に還した方がいい」
泣く力もない赤子を抱え、千代子は震える足で台所の土間へ降りた。
そこは冬でもぬくもりが残る、家の心臓のような場所だった。
鍋をどけ、床下の土を手で掘る。指先が冷たさと湿り気を感じたところで、赤子をそっと横たえた。
「ごめん…」
土をかぶせると、赤子の目が一度だけ開き、千代子を見た。
その瞳は、まるで成長した大人のように冷たかった。
それから数年、千代子は夜中になると必ず同じ音で目を覚ました。
――コン、コン、コン…
台所の土間から、小石を叩くような音がする。
耳を澄ますと、それはやがてかすかな泣き声に変わり、最後には短い笑い声に変わるのだった。
ある晩、台所の隅に置いた味噌樽の蓋が勝手に外れた。
覗くと、中には水と泥が溜まり、その中央に、あの時と同じ青白い顔が浮かんでいた。
口元だけが動き、「まだ寒い」と呟いたように見えた。
千代子は翌朝、土間の上に塩を山盛りにして蓋をした。
それでも冬になると、塩の山は必ずひと晩で崩れ、台所に湿った足跡が残った。
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